真夜中の住人

「お、おい?」
「……助けて」

「おはよう、昨日は世話になったね」
「これ、あんたが作ったの?」
「冷蔵庫にあるもので作ったから大したものはできなかったけど、
一宿一飯のお礼」
「すげ。どこの嫁だよ」
「それなりに長く生きてるけど、嫁って言われるのは初めてだな」

「うまっ! 俺は瀬尾浩太。あんたは?」
「玲央……九頭玲央だよ」
「玲央。行く場所がないならしばらくこの部屋使ってもらってもいいけど」
「こんな得体のしれない男を家に置くの?」
「や、部屋も綺麗にしてくれてるし……美味い。いてくれたら俺が助かる」
「お人好しだね。じゃあ、お世話になろうかな」
「あんたは食べないのか?」
「食事の時間が不規則なんだ。僕のことは気にしないで食べて」

「さすがだね。いつもと違う頼りない感じがよく出てる」
「強く見せてる俺のほうが演じてるのかもしれないですけどね」
「それをサラッと言える丞は、大人だし強いよ」
「せっかくこのメンバーなんだ。とことん冬組らしく繊細に行きましょう」
「うん」

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「追い出すかよ。昨日……助けてって言ってただろ」
「ごめんね……」

「お隣さんですか? 今日から引っ越してきました、泉です」
「瀬尾です。ご丁寧にどうも」
「会社ですよね。引き止めちゃってすみません」
「いえ、なんか困ったことあったらいつでも言ってください」

「聞いたぞ。行き倒れの男を拾ったって? 怪しすぎるだろ。アラサー向けの
ドラマか漫画じゃねんだから」
「ほっとけ。玲央は良い奴だよ。飯も美味いしな」
「はあ。んなこと言ってっといつか痛い目見るぞ」

「どうかねどうかね? ワタシのサラリーマン役は?」
「正直驚いた。こういう役もさらっとできるようになったんだな」
「優れた芸術家は何をしても一流なのだよ」
「頼もしいな」
「さあ好きなようにやりたまえ。我々が支えるよ」

ごめんねと言うのも ずるいかもしれないね 僕は君の命を喰らってる
だけど どうしてだろう 君の血が欲しいのに 君の血が欲しくないんだ

「昨夜はすまない」
「……何が?」
「どうも最近悪夢にうなされるんだ。寝てる時、たぶんうるさかったろ」
「浩太は静かに寝てたよ」
「ならよかった」
「人の心配より自分の……」
「ん?」
「ううん。体は大丈夫? 会社は行ける?」
「ああ。今日も玲央の飯食ったから元気だよ。行ってくる」

「おはようございます」
「おはようございます」
「そうだ瀬尾さん。平日もお休みなんですか? 昼間にも隣から物音が
聞こえるので……」
「ああいえ、ちょっと友達が泊まってるんです」
「そうなんですか……。お友達が」

「どうだ? 紬から見てみんなは」
「シンプルに尊敬してる。どんな細かい演技も受けて返してくれるし、
みんなの演技もホントに多彩で面白い」
「ったく、一番やってるやつがそれ言うかよ」
「オレ達は……冬組に出会うために芝居をしてきたんだね」
「……だな!」

「おい瀬尾。顔色悪りーぞ」
「ちょっと今日は寝不足かもな」
「今日だけじゃねーよ。ここ一週間ずっとだぞ。一週間って居候が
来てからだろ? やっぱそいつおかしいよ」
「玲央のせいじゃないって」
「いいや怪しい。一回会わせろ」

「いい寝床を見つけたじゃないか。ボクにも分けてくれよ」
「彼はそういうのじゃない。干渉するな」
「冷たいんだな。ボクとキミの仲でしょ?」
「用がそれだけなら帰れ、フランツ」

お前が何にうつつを抜かしてるか知らないが ボク達は所詮
わかってる 太陽の光は強すぎる
……それでも 光には憧れてしまうだろう?
闇を忌み嫌うのは人間の弱さだよ
共に生きられはしないかと 願ってしまうのさ

「あれ? 玲央。あれは誰だ?」
「あいつが居候か? やっぱ絶対怪しい」
「そんな奴じゃないって。おーい、玲央!」
「浩太……」
「あいつか。確かにいい身体だね」
「フランツ、場所を変えよう」

「逃げた! さてはあいつら犯罪組織の一員とかだろ」
「いい加減にしろ、野々宮。……でも、なんで無視したんだよ?」

家にいさせてるのも ずるいのかもしれないな
いるのが当たり前になってる
偶然出会った 見知らぬ男なのに ずっと一緒にいたいんだ

「キミ、あまり血を飲んでないね?」
「家に泊めてもらってる上に、本気では吸えないよ」
「その為の人間でしょ。いいから早く吸いなよ、キミが死ぬよ」
「僕もはじめはそのつもりだったさ」

「なんで黙って逃げちまうんだよ……玲央」

「この街まで追っ手が迫ってる。ボクはそれを伝えに来たんだよ」
「感謝する」
「あの家を出ない気か? 流石にもう」
「大丈夫。大丈夫だよ」

ごめんねとずるくても 伝えなきゃいけないね 僕は君に会えてよかった
だから 最後にするよ 君の血が欲しい 君の血が誰より欲しいんだ

「世話になったね。長居するつもりじゃなかったんだけど、
つい居心地がよくて」
「そんなに焦って出なくてもいいのに。俺も助かってたし」
「そういうわけにもいかないよ」
「住むところ決まってるのか?」
「まあね。浩太……ありがとね」

「ああ、泉さん。おはようございます」
「お前……!」
「引っ越されるんですね。それじゃあ、これ僕からの餞別です」
「浩太、下がって!」
「泉さん?」
「残念だな。少しの間だったけどお隣さんだったわけだし」

「おいアンタ何してんだ!」
「ハハハハハハ、汚らわしい夜の一族よ。わが血盟の掟にのっとり汝を
排除する!」

「どけ。君も殺すぞ?」
「やめろ! 浩太は関係ない」
「は! 随分親しげなんだな。人間は食事にすぎないくせに」
「食事……? 何を言ってる?」
「そいつは吸血鬼だ。人間の敵なんだよ」
「吸血鬼? 玲央がそんな……!」
「浩太……」
「さあ、そいつを渡してもらおう」

「ハハハ、血の眷属に成り下がったか。いいだろう。二人とも送ってやる」

フランツ「あーらら。ご相伴にあずかろうと思ったのに貧乏くじひいたな。
仕方ないから手貸してあげるよ」
「吸血鬼どもめ……」

「すごいね密くん。稽古の時よりもさらに動きが洗練されてる」
「考えなくても体が勝手に動く。なんでかはわからないけど」
「密くんの過去に関係してるのかもしれないね」
「東みたいに、オレもいつか向き合いたい。自分の記憶と……」

「まだやる?」
「人間は貴様らには屈しない。白き刃が必ず貴様らを裁く」

「玲央! 玲央!!」
「そいつはボクに任せてくれるかな」
「だけど……」
「安心しろ。ボク達は同類なんだ」
「……わかった。玲央を頼む」
「素直だね。良い子だ」

ごめんなんてもう 言わなくていいんだ 俺の血なんかくれてやる
だから お願いだから 生きてくれずっと お前を失いたくないんだ

「浩太は……?」
「無事だよ。さすがに彼に血を分けてくれとは言えないだろう?」
「ありがとう、フランツ」
「ばれたからには、もうここにはいられない。すぐに次の追っ手がくる」
「僕たちが何をした? 人より少し長く生きられるだけだ」
「異端は排除する。それが人というものさ」

「玲央?」
「お別れだ、浩太。君に会えてよかった」
「事情はもうわかった。出ていく必要なんてない」
「君のような人間がいるなら、退屈な生にも意味があると思えたよ」
「ずっと、そうして一人で生きていくのか?」
「それが僕らの宿命なんだ」
「……だったら、俺も連れていけ」
「何を……」
「道連れになってやるって言ってんだ。吸血鬼にでもなんでもなってやる!」

「今まで踏み込まなかった……踏み込めなかった距離……。
勇気を出して踏み出したら、今まで以上にみんなと繋がれた気がする」

「……ありがとう、浩太。その言葉だけで、僕は……」
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