―― 今作『&』の新曲には、自分のなかのネガティブとポジティブ、矛盾しているけれど両立しているものを表現したいという想いがあったそうですね。
アルバムの核になる「劣等感」を作り始めたのが、お仕事をお休みするちょっと前で。この歌詞のようなグルグルした気持ちを抱えている期間が長くありまして。そして、お休みしてその気持ちから少しずつ抜け出して「Bring it on」を書いたんですね。「劣等感」と真逆の曲を作りたいなと。そうやって「劣等感」の沼から抜け出して「Bring it on」へたどり着いた1~2年だったからこそ、『&』というアルバムができあがったなと思います。
―― 「劣等感」の歌詞の軸はどのように生まれたのでしょうか。
これは私がずっと苦しみ続けてきたものなんですよね。これから先も多分、これが理由でつまずくんだろうなと思います。でも自分のなかで一旦、消化できたかなと思うタイミングで、曲という形でも消化したくて。「こういう気持ちを曲にしなくてどうするんだ!」というマインドになれたとき、歌詞の軸ができあがりました。解決とはまた違うかもしれないけど、「劣等感」によってひとつ楽になれた気がします。
―― 歌詞に<満たされない、選ばれない、越えられない 報われない、才能ない>というフレーズがありますが、きっと周りの方からは「いやいや、才能あるじゃん! 何でもあるじゃん!」と言われそうですよね。
そうですねぇ…。周りからはそう見えるかもしれないけれど、自分が自分を見たらこの通りなんですよ。音楽に限らず、結構どんなときも(笑)。たとえば、あらゆるジャンルで活躍されている方を見たとき、それがシンプルに、「よっしゃ!自分も頑張ろう!」という方向に働くこともある。でもちょっとブルーになっているときは逆効果で、「なんであのひとはあんなにすごいのに自分は…」って思ってしまいます。
でも、誰かがもし「劣等感」の歌詞のようなことを言っていたら、私もそのひとに対して、「いやいやいや!」って言うと思うんです。だから人間はお互いにそう思い合っているのかもしれないですよね。
―― 以前、倖田來未さんに取材した際も彩さんと近いお話をされていました。何でも持っていると言われがちだけれど、自分は完璧じゃないと常に思っているし、ずっと「かりそめ」であると。
あぁ~! 表ですごく輝かれている方だからこそ、きっとそういう本音はより気づかれにくいですよね。とくに倖田來未さんはエネルギッシュで明るいイメージがありますし。やっぱり劣等感なんてまったくなさそうに思えますけど、ご自身にしかわからないところがたくさんあるんだと思います。
「劣等感」ではそんな周りに気づかれにくい気持ち、今まで出せなかった部分を隠さずに書けたことが、自分のためにもなりました。ひとりで悩まずに済むというか。こういう想いがあることを打ち明けるだけで、楽になれるところがありましたね。
―― 曲のラスト、<羨んでは苦しむくせに その度血を滾らせる>、<あぁ、ムカつく程に今日も劣等感に生かされる>と劣等感によって熱量が生まれている表現も印象的でした。彩さんの歌詞には最後に希望がありますよね。
そうなんです。最後に必ず希望があることは、自分も書く側として求めているところですし、受け手もよりその曲を聴く意味があるかなって思っていて。過去にはまったく希望のない曲もあったりするんですけど、正直なところライブでも歌いづらいんですよね(笑)。一緒に気持ちが下がっちゃう。曲を作るときは、わりとライブを想定して作ることが多いからこそ、最近は意図的に希望を入れている歌詞が多いですね。
―― もうひとつの新曲「Bring it on」はどのように生まれたのでしょうか。
完全に復帰をして、アルバム制作の最後に書き下ろした曲ですね。ツアーも決まっていて、「早くライブがしたい!仕事がしたい!」みたいな気持ちが溢れているときにできました。やっぱりライブを想像したときがいちばんパワー湧くんですよ。とくにコロナ禍で、ライブできなかった時期や、発散しきれない状態が続いていたので、それがすべてこの曲に吐き出された感じです。
―― ちなみにステージ上の彩さんとプライベートの彩さん、ご自身のなかでギャップはありますか?
かなりありますね。「ステージ上だと大きく見える」とか「緊張しているように見えない」とかよく言われるんです。でも実際はめちゃくちゃ緊張するし、ライブが終わってからも反省しかしてないぐらいで。そういう人間くさい部分が見えないのは、プロとしてはいいことかもしれないけれど、ちょっとショックだったりする自分もいて。みんなが見てくれている強い山本彩像が「Bring it on」だとすると、見えてない私の部分が「劣等感」に詰め込まれていると思います。
―― 「Bring it on」には<エフィカシー>というワードが出てきますが、私は初めて知った言葉でした。彩さんはどのように出会ったのでしょうか。
劣等感についてひとり悶々と考えているとき、いろいろと調べていくなかで知った言葉なんです。劣等感を抱くということは、自己肯定感が低くて、自分を認めてあげられない、受け入れてあげられない、だから自信がない。それが負の連鎖を生んでしまう。
だけど「Bring it on」のような感情になる瞬間もあるんですね。まさに<怖いものなんてない 全ては私の思い通り>みたいな。めちゃくちゃネガティブになるときもあれば、めちゃくちゃポジティブになるときもあって。それはなんでなんだろうと調べたとき、そういう現象に<エフィカシー>という名前があることを知りました。
―― 「Bring it on」のモードになるため、自尊心を持つため、大事なことって何だと思いますか?
自分もそうなんですけど、劣等感が強いひとは、反省点ばかりを考えてしまう。欠点探しばかりしてしまうところがあると思うんですね。でもそれなら逆転の発想で、いいところ探しもできるはずで。私自身、他者のいいところを探すのは得意なんです。それを自分に対してするだけの話なんですけど、それが難しい…。だから一日を終えるとき、欠点と同じだけよかったところを探すという作業を、意識的に行うことが大事かなと思っています。
―― 彩さんは応援ソング、メッセージソングを書くことも多いと思うのですが、そういうときに意識されることはありますか?
聴いてほしいシチュエーション、聴いてほしいひとを具体的に想像しながら書くことですかね。「Bring it on」もアスリートの方が試合前にテンションを上げるために聴く、みたいなイメージで書きました。たとえばボクサーがリングに向かうまでの時間。フィギュア選手が裏で個人練習をしている時間。で、誰しもそういう勝負の瞬間ってあるじゃないですか。受験とか、仕事のプレゼンとか。そこに自然と重なるんじゃないかなと思っています。
あと、「頑張れ!」とメッセージを一方的に送るというより、いつも自分と聴いてくれるひとをどこか重ねているところもありますね。まず自分が頑張る。そして聴いてくれるひとも「頑張ろう」と思える。そういう歌になったらいいなと思って書いていますね。