瞼の母

軒下三寸 借りうけまして
申しあげます おっ母さん
たった一言 忠太郎と
呼んでくだせぇ 呼んでくだせぇ
たのみやす

「おかみさん、いま何とか言いなすったね
親子の名のりがしたかったら
堅気の姿で尋ねて来いと言いなすったが
笑わせちゃいけねぇぜ 親にはぐれた小雀が
ぐれたを叱るは 無理な話しよ
愚痴じゃねぇ 未練じゃねぇ
おかみさん 俺の言うことを よく聞きなせぇ
尋ね 尋ねた母親に
倅と呼んで もらえぬような
こんなやくざに 誰がしたんでぇ」

世間の噂が 気になるならば
こんなやくざを なぜ生んだ
つれのうござんす おっ母さん
月も雲間で 月も雲間で
もらい泣き

「何を言ってやんでぇ
何が今更 忠太郎だ 何が倅でぇ
俺にゃおっ母は、いねぇんでぇ
おっ母さんは、俺の心の底に居るんだ
上と下との瞼を合わせりゃ
逢わねぇ昔のやさしい
おっ母の面影が浮かんでくらぁ
逢いたくなったら
逢いたくなったら俺ァ 瞼をつむるんだ」

逢わなきゃよかった 泣かずにすんだ
これが浮世というものか
水熊横丁は 遠灯り
縞の合羽に 縞の合羽に 雪が散る

おっ母さん…
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