君を忘れた

狭い 深い 森の世界に囚われて
天狗の少年の目は死んでいた
しかし ある日 茂みから聞こえた鳴き声が
少年の生き方を変えることになる

茂る草の奥には傷ついた獣
ではなく鼻血を垂れた人間
鳴き声に聞こえたあの音は
呼吸で鼻がピーピー鳴る現象

天狗がここを出られないように
人間もここにいてはいけない
森の掟“天狗を見た人間には死を”
どうも好きにはなれない決まりだ
他の天狗に見つかる前に逃がしたいが
人間は足を怪我していた

大人には隠れおっさんを飼育
かわいくない 汚い あと世知辛い
「明日はタバコとヨガマット持ってきて」
わがまま言うんじゃありません!

少年は出会いも激情も夢も
現状に抗うことも諦めていた
人間はそれを許せなかったのだろう
人間界の話を毎日聞かせた

少年の目に光が灯る
飛び出す勇気が湧き上がる
そこには何もかもあるように思えたから
弱っていた人間も徐々に
明るくなり怪我も癒えていく
しかしなぜかここに来た理由は話さなかった

やがて二人に別れが訪れた
涙はない 笑って 再会を誓う
気が緩んだのは仕方ないことだろう
気づけば天狗たちに囲まれていた

彼らは無慈悲に殺意を向ける
少年と違い人間は抗わなかった
「お前に会って希望を取り戻せたが
俺は元々死ぬためにここにきた」

「殺しちゃダメだ」声の限り叫ぶ
願いは通じたがその条件は
互いの記憶を消すこと
少年に手渡されたのは
射った者と射られた者
互いに関する記憶を失う矢

少年を忘れればまた死に向かう
少年も死んだ目に逆戻り
結局この矢は互いを殺す
躊躇する少年に人間は「早く射れ」と笑った

「俺たちは弱い この心は
いつも世界に押しつぶされた
自分じゃ自分を変えられなかった
こんな痛いのに変われなかった
でも時に容易く、誰かに変えてもらえる
それは一人では気づけないこと
でも俺たちはそれを教え合った
だからもう大丈夫だ」

口にしたのは同じ言葉だった
「俺を忘れても、その想いだけは忘れるな」
その約束は胸に刺さった
しっかりと刺さった
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