もう一つのドア

僕の言葉に 私もと 言わなかった
君はうつ向いたまま それから 立ち上がり
私ね……と 言いかけて
それっきり 何も言わなかった

君の言葉に やめろと 言わなかった
君の背中を見つめ したい様にしろと
冷たく言ってしまい
それが嘘だと 言えなかった

君のトランクを 取り上げて
冗談だろうと 言わなかった
ドアに手をかけた時 僕は外を見ていた
行くなと 言わなかった
傾いた陽の影が ドア迄差込んでいた
君は君で じゃあねと 言った

すぐに帰ると 君は言わなかった
ドアに手をかけたまま 静かに振り向いて
やめると 言わなかった
僕は待ってると 言わなかった
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