「さよならだよ、ミスター」/横山だいすけ
さよならだよ、ミスター 旅はもうはじまる
きみはこれから「しあわせ」という途方もないものをさがす
でもそれはきっとそんなに悪い日々じゃない
こころはじゆうだよ ほら 顔をあげて

―― この曲は【親から子への旅立ちのエール】がテーマの楽曲です。見送る側の歌というのも珍しいですし、最近はあまり“親から子へ”の歌って世の中に少ないような気がします。

そうですよね。この曲はアニメ映画の主題歌なんですけど、実は僕、依頼をいただくまで“だいすけお兄さん”の存在を知らなかったんです。でも、ちょうど今年の1月に自分の息子が生まれて、妻の友達とか学生時代の友達とか、そういうママ友さんから「だいすけお兄さんっていう、素敵な歌のお兄さんがいて、本当に子育ての助けになっている」という話を聞いて。だけど「だいすけお兄さんが『おかあさんといっしょ』を卒業するからみんなすごく寂しがっている」と。それで、そういう人がいるのかぁ…と思っていたところにちょうど楽曲提供のお話をいただいたんですよ。

―― それは、かなり運命的なタイミングで結びついたご縁ですね!もし水野さんがお父さんになっていなかったら、出てこなかった歌詞かもしれませんよね。

絶対に出てこなかったです(笑)。いやー、本当にお父さんって面白いですけど、考えることも多いというか。あの頃は生後何ヶ月だったかなぁ…。この曲をどんな歌詞にしようかなぁと思っていたときに、まだ本当に生まれたばかりの息子を自分の膝の上に乗っけて、テレビを観ていて。その背中がすごいちっちゃいわけですよ。でも「いつかは大きくなっていったりするのか…」とか思ったら、センチメンタルな気分になってきちゃって(笑)。やがてはね、自立していかなきゃならないから。

そのとき「これからこの子がしっかり大きくなってくれたらいいなぁ…」と思ったこの気持ちが歌になるなぁと思ったんですよね。多分、同じようなことを親御さんたちも感じているだろうし、自分を育ててくれた親も僕が小さい頃、そう思ってくれていただろうし。なんかいろいろ広がる感情があって、それをうまく表現していい場所を与えていただいたので、嬉しかったですね。この曲は自分の人生にとっても大切な歌になりました。

―― では、水野さんがお父さんの立場として一番グッとくるフレーズをあげるとすると?

なんだろうなぁ…。自分で言うのもアレなんですけど、この曲の歌詞は本当によく書けたんですよ(笑)。技術的にどうこうじゃなくて、なんというか、自分の気持ちと繋がりながら書けたから。だから選ぶのが難しいけど…自分の本心が出ているのはここかな。

ぼくはきみに出会えて
ちょっとだけ「しあわせ」について わかった気がするんだ
名前をつけるなら この気持ちを歌うのなら
いや やめておこう 泣いちゃうから

―― ここ素敵ですよね。とくに歌詞の前半に<きみはこれから「しあわせ」という途方もないものをさがす>というフレーズがあるからこそ、なんだかバトンを渡しているようにも感じられます。

僕もまだ「しあわせ」をわかりきってないんですけどね(笑)。基本的に大変じゃないですか、人生って。その分、嬉しいことも楽しいこともあるけれども、それを僕が与えきることはできないし、おそらく僕の方が先に死ぬだろうし。だからこそ、自立していく力をどこかでつけさせてあげるというのが唯一、親にできることだと思うので、そういう気持ちが伝われば良いなぁと思って書きました。あと<悲しみは消えやしない だから よろこびでくるんじゃうのさ>っていうのも、僕なりの悲しみの越え方を伝えているというか。悲しみのない人生なんてないから、どうにかして自分のやり方で越えて、生きていくんだよって。そういうメッセージになっていますね。

―― きっと今<きみ>の立場である子が、時を経てこの曲を聴いたら、今度は<ぼく>の立場になっているんですね。

そうそう!自分は今年35歳になるんですけど、僕は親が35歳のときに生まれた子どもなので、ちょうど同じ年に子どもが生まれているんですよ。ちっちゃい頃の自分にとって、35歳なんてもう完璧な存在の大人だったけど、いざその歳になってみると、まだ幼い部分もたくさんあるし、なんて情けないんだろうって思う瞬間の方が多くて(笑)。自分も<ぼく>の立場になった今、やっと親も普通の人間だったんだってことをすごく思います。

僕の息子もそうですけど、これからどんどん育っていって、大人になったときに、親も人間だったんだなぁ、悩んで生きていたんだなぁって思う日が来るはずだから。そこにこの曲が繋がっていくと良いなって思っています。だから<ミスター>ってワードをつけたんです。僕と違う存在ではない、同じ<人生>っていうものを生きる人として<きみ>を書きましたね。

「愛せよ」/山本彩
どこから来たのか どこへ行くのか ぼくは一体誰か
何が望みで 何が夢か どうすることがいいのか

―― 山本彩のアルバム『identity』に収録されている「愛せよ」では“阿久悠”さんの歌詞に水野さんが曲をつけております。これはプレッシャーも大きかったのではないですか?

photo_01です。

はい(笑)。僕、詞先で曲を書くのがほぼ初めてだったんですよ。だいたい曲から書いて歌詞を書くので。それが阿久さんの言葉にメロディーをつけると…。しかも…阿久さんは残っている写真が怖い表情ばっかりじゃないですか!絶対、怖いじゃんこの人…と思って(笑)。だから直筆の原稿を、作業場の鍵盤の目の前に置いて曲を書きながら、ずっと本当に睨まれているような気分でした。なんかもう、珈琲を飲むときは離れたところに置こう…みたいな。

―― どんな経緯でこの歌詞に曲をつけることが決まったのでしょうか。

まず今年、阿久悠さんが没後10年、生誕80周年ということで、NHKの番組で「阿久さんを追いかけてみませんか?」というお話をいただいたことがきっかけですね。阿久さんの未発表詞って、本当にたくさんあるんですよ。その歌詞に曲をつけて良いというチャンスを水野にもいただけて、この「愛せよ」を選びました。でも、その時点ではまだ歌う方は決まっていませんでした。

―― では、山本彩さんに歌ってもらおうと思ったのはどうしてですか?

最新アルバムに「春はもうすぐ」という曲も提供させていただいたんですけど、そこで山本彩さんに歌ってもらえたらいいなぁと思いました。というのも、阿久さんは良くも悪くも<時代>という言葉をとにかくずっと使って、向き合って、考えていらっしゃった方なんです。そこで、今の平成29年という時代を象徴するような存在として、実は山本彩さんってすごく焦点が合うんじゃないかなって。彼女は、アイドルというところに身を置いている人でもあるし、ご自身で曲を作って表現されている人でもあるし、いろんなところで闘っているじゃないですか。

時代は常に姿を変えて 若い心を試す
何が望みで 何が罪か このままいてもいいのか

―― 山本彩さんの歌声だからこそ、より歌詞が若いリスナーの方にも届く力を持つのかもしれませんね。

そう、強いまっすぐさを持った歌声なので、阿久さんのゴリッとした言葉に合うんじゃないかなぁって。あと、この歌詞は昭和63年に書かれたものらしいんです。約30年前ですね。もしかしたら当時だったら、ただ説教くさい歌詞に感じられたかもしれないと思います。でも、今聴くと阿久さん独特の圧もありつつ、この時代に響いてこそ意味がある言葉に聞こえてくるから、言葉って本当に不思議だなぁって感じますね。さらにそれを山本彩さんが歌うことで、難しい感じにもならないし、かといって軽くもならずに、より多くの人に届く強い歌になったような気がします。

―― 先ほど、阿久さんは<時代>という言葉と向き合い続けてきた方だとおっしゃっていましたが、水野さんはいかがですか?

まぁ…社会学者のように言葉を編んでいらっしゃった阿久さんほどではないですけど、今の時代がどんな時代で、それに対して何を言ったら良いか、どんな言葉が求められているか、みたいなことは多少なりともザックリ考えますね。意外とラブソングにこそ、その後ろ側にある社会の価値観みたいなものが表れている気はしていて。そういうものが滲み出ているような歌にしたいなとは思っています。

愛せよ 愛せよ すべて愛せよ 人を 自然を 時代(とき)を
きみよ 愛せよ きみよ 愛せよ 愛せよ 愛せ 愛せよ

あと、阿久さんの数々の未発表詞から「愛せよ」を選んだってことも、この時代の僕の価値観でもあるんですよね。今って、世の中が「どっちも正義です!」って言い合って、ぶつかっていることが多いと思います。でも、なかなかわかりあえなくて、最終的には正義の殺し合いになって、どちらかが勝つという悲しいことが起こっているじゃないですか。でも、そういうなかで<愛せよ>って言葉を繰り返すことが、何かパワーを持つんじゃないかなって。この曲を作ったときに阿久さんが見ていた状況とは違うけれど、同じように世の中を見つめて、歌に意味をつけるということは、なんか…<時代>と向き合うというところで通じているのかなって思いますね。


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