覚えてるハンドクリームの 柔らかで清潔な香り
かさかさのほほで笑った 本当かもわからないけど
愛されているとあのとき 確かに感じられたんだ
―― この曲は、NIVEAブランド2018年CMソングで、毎日のように耳にします。歌詞からは“触覚”の記憶のあたたかさが伝わってきます。
NIVEAの方と打ち合わせをしたとき、「ありがとうございました」って握手したりとか、「大丈夫だよ」ってハグしたりとか、そういうときに自分の心にワーッと入ってくるものって、SNSでのコミュニケーションの比にならないくらい情報量が多いなって話になったんです。親に「あなたはどんなときも正直でいなさいよ」ってポンッて触れられた指先の感覚が、20年後に効いてくることだってあるし。だからこそ“触れ合う大事さ”というものを全面に打ち出したいなと思って歌詞を書きました。だけど“触覚”の記憶って言葉ではないものなので、すっごく難しかったです。
―― 槇原さんにとっての、いざというときのお守りになる<特別な場面>はありますか?
僕ね、うちの父や母に優しく触れられた記憶は全くないんですよ。これは別に悪いことじゃなくて、今すごく仲も良いんですけど、かなり忙しく働いている世代だったので仕方なくて。だけど一度だけ、まだ小学生くらいのときに、僕が突然、何かを買いに行かなくちゃならなくて、親に知らせず夜中に出て行ったことがありまして。そうしたら、僕が帰ってきた途端に向こうから母親が出てきて「あーよかった!いなくなったのかと思った!」って言ったんです。正直、その場面というか、そのひと言で、僕はずっと生きてきたところがあります。
―― 一瞬でひと言ですが、心のなかで一生モノの愛になったんですね。
そうなんです。「あ、なんだ、心配してくれているんだ」って。こう…商売人の息子として育って、父親と遊んだこともないし、コミュニケーションも少なくて、でもあの涙目の母親を見て、ブワーッ!っと自分のなかに流れ込んできた何かがあったんですよね。「大丈夫だよ、これくらい!」って言いながらも、すっごく嬉しかったなぁ。未だに思い出しますね。でも、母親にその話をしてみたら「覚えてない」って言われて、ガックーンってなったんですけど(笑)。なんか自分も、好きなひとだったり、犬や猫だったり、会社のひとだったり、周りの人たちだったりの<特別な場面>になれたらいいなぁって思いますね。
これまでの自分の 歴史を誇れるだろう
―― 冒頭からグッと刺さるキラーフレーズですね…。なかなか「君の気持ちがわかる」と言うことって難しいですもんね。
ここは、アルバム収録曲のなかで一番「あぁ、書けて良かった…」と思ったフレーズなので、伝わっていてすごく嬉しいです。この言葉で終わりたかったので、曲の最後にも同じフレーズを書きました。あの…生きてきて50年目になっても、まだ歯がゆい思いをすることってたくさんあって。自分が想像もつかないような出来事を経験したひとたちの悲しみを目の当たりにしたときとか。変な言い方ですけど、それを経験してないことに対して、すごく悔しい想いをするというか、わかってあげたいのにわかりきれない。それでも自分の歴史の中で、いろんな経験をたくさん積み重ねると、まったく同じではなくても似たような気持ちを味わっているひとに、心から「よくわかるよ」って言うことはできるかもしれないですよね。
僕も実際に「でも気持ち、すごくわかります」って言われたとき、もうそれ以上は何も要らなくなったことがあるんです。ありがとうって。わかってくれるひとがこの世の中にいるんだということの心強さに気持ちを押されました。だから、その子を助けられなくても、手に触れることさえできなくても、心から「君の気持ちがわかる」と言えたなら、僕の人生は上出来だなって、最近すごく思うんですよね。共感という言葉って、チープに聞こえたりもするんだけど…。でも「わかってもらえるか」「わかってあげることができるか」って、意外と自分たちの心の支えになっていることが多いと思うんですよね。そんな気持ちからこの歌詞を書きました。
それでもいいとうなずいて 自分で決めたんだ
―― ここのフレーズは、まさに8曲目「2 Crows On The Rooftop」の主人公に届けたいですね。
本当にそのとおり。実は“デザイン”って言葉には“企て”って意味もあるんですけど、僕は【神様の企てとその理由】をアルバム『Design & Reason』の裏テーマにしています。僕たちはこの人生を終えたあと、生まれ変わる前に、神様にこう訊かれるんです。「あなたは前回の命で出来なかった、これとこれとこれがある。どうする?やりにいく?」って。そして、その問いに対して自分が「やりたいです!」って答えて生まれたんだって思うと、何もかもが【企て】の想定内に感じられるじゃないですか。どんなにツライことがあっても「いや、これは僕が感じなくちゃいけないことなんだ!」って。「この痛みや辛さを感じるために、神様の慈悲で<すべてを忘れて>もう一度、産まれてきたんだ!」って。
僕が今、一番大切にしていることは、そういう想像力なんですよね。何が嘘だとか本当だとかじゃなく、こう考えたほうが絶対に自分の生き方として良くなるし、楽しく生きることができるよねって想像力。僕もきっと、神様と打ち合わせをしたんですよ。「お前、この夫婦に産まれたら、こういうルックスになるぞ? しかもピアノを習いに行って、学校でいじめられたりもするぞ?」って。僕は結構いじめられたりもしたんですよ。それでも「いいんです!いいんです!多分、福士蒼汰みたいな顔に産まれると『もう恋なんてしない』なんて歌っても説得力がないので、この槇原敬之がいいんです!」と答えたんだと思います(笑)。そういう話を神様として、自分が歌で何かを伝えるために選んだ人生なんだと思ったら、すごく楽しい気持ちになることができて。今の仕事ももっと好きになることができて。だから、もし良かったらみんなも同じように想像してほしいなと思うんです。とにかく今回のアルバムにはそんなDESIGNとREASONを一貫して、テーマで描きましたね。
―― 歌詞についていろんなお話を伺ってきましたが、槇原さんにとって“歌詞を書くこと”ってどんなことですか?
うーん…輪郭をはっきりさせることかな。普段、自分が思っているフワッとしたことを、はっきりと言葉という形に残すことだと思います。尚且つ、それを聴いてくれたひと、目にしてくれたひとが「頑張ろう」とか「やっぱりわたしはこれで良かったんだ」とか「このままじゃダメだ」とか「生きていて良かった」とか、感じてもらえるきっかけになればいいなぁ…という願いを込めたものですかね。
あとね!人間の心のなかで、これだけは覚えておきたいというものを残していく作業でもあります。僕たちって本当に移ろいやすいじゃないですか。昨日は「ダイエットしよう!」って思っていても「今日は良いよね?」って食べちゃったりするし(笑)。でも、音楽はいつ訪ねてみても、同じ笑顔で迎え入れてくれるひとみたいなものなので。そういうものを作っている気持ちはあります。だから、出来ている歌と今の僕は全く違うものだったりもすると思います。僕は移ろうけど、歌は移ろわない。
―― そんな槇原さんが、最近「歌詞がいいなぁ」と思ったアーティストや楽曲があれば教えてください。
いっぱいありますよー。でもとくに…YUKIちゃんの「聞き間違い」って歌。僕は新幹線で移動しながらこの曲を聴いていたんですけど、泣いちゃいましたね。このひとはどうしてこんな歌詞が書けるんだろう。すごい。僕もこんな歌詞が書けたらいいな!って、心から思いました。
一番好きなのはこのフレーズ。ブワーッと涙が出ました。ひとって、こうやって誰かに言われたらずいぶん救われるだろうなって。そしてその言葉をYUKIちゃんが歌うことの凄み。説得力。また「聞き間違い」って、こんな素敵なタイトルないよね!?みたいな。これは是非、歌ネットさんで紹介していただきたいですね。
―― ありがとうございました!最後に、槇原さんのこれからの目標・夢は何でしょうか。
ついつい説明してしまいたがるのですが、最終的にはこの説明をすごく単純な、短い言葉で、言い表せるような歌詞が作れたら幸せだなと思います。まずはそれが目標。それとミュージカルを作ることは夢です。わりと自分の世界観ってミュージカルっぽいので、本当に今やりたいんですよ。日本のひとが作った最高傑作を僕は見てみたくて。だから、最初から最後まで、悲しい曲でも楽しい曲でも、良い歌詞に酔いしれてもらえるようなミュージカルを作りたいなって思います。今、生きている間には無理かもね(笑)。でも、最近タームが大きくなってきていて、たとえ志半ばで死んだとしても、それこそさっきの話のように、その先の夢は生まれ変わった僕が引き継いでゆくだろうなという確信があるので。とにかく諦めずに、目指していきたいと思います!