第10回 スピッツ「ロビンソン」
photo_01です。 1995年4月5日発売
 スピッツの音楽は、激しいというよりは優しく響く。でもそれは、世の中の矛盾や欺瞞を見逃さず、そこに立ち向かう人に勇気を与える優しさだ。今更ながらにそう気づいたのは、新しいアルバムの「小さな生き物」のタイトル・ソングを聴いた時だった。あの歌には涙した。
人気が出たからといって丸くなったりはしていない。作風はあの頃のまま。メンバーそれぞれはバラバラなくらい個性が違うが、スピッツの名のもとで音を響かせた時、その場所でしかあり得ない化学反応を起こす。個性的でありつつポップであるという、いっけん二律背反するようなことを涼しい顔で成立させてしまうのがスピッツなのだ。
ただ、初期の彼らはポップとは遠いところで荒々しいステージもやっていたようだ。草野マサムネの曲作りにしても、アバンギャルドと言ってもいいくらい個性的だった。
初期と言えば思い出す。以前、草野と話していて、「トゲトゲの木」という楽曲のことになった時、彼はこんなことを言った。「この歌にハナムグリという虫が出てくるんだけど、みんなに何のことなのか訊かれた。でも僕は、ハナムグリってみんな知ってるもんだと思ってた…」。 子供の頃から他の子達が興味ないことにも好奇心旺盛だったという彼ならではの話だった。

「それがたまたま時代のバイオリズムとリンクしたのだと思う」。

 もちろん個性は尊い。初期の作品も素晴らしい。だが、そんなスピッツが、世の中と見事に波長を合わせブレイクを果たしたのが、「ロビンソン」という曲だった。当時取材した時、彼はこの曲に関してこんなことを言った。「スピッツにとってニュートラルな曲。それがたまたま時代のバイオリズムとリンクしたのだと思う」。ニュートラルという表現がすべてを物語っていた。もっと「過激にしてやろう」とか、逆に「ポップにしよう」とか、そうした特別な意識は一切ないなかで自然に出来上がった曲だったわけだ。
よく彼は、曲作りのスタンスに関して「自分の友だちに聴かせるつもりで作る」と言ってたが、これもそんな感じだったのだろう。そして、これほどまで「ロビンソン」が世の中に受け入れられたことに関しては、「一抹の寂しさも」と笑っていた。
どうせなら狙って、狙い通りだった時の達成感、みたいなことも味わってみたかった、ということかもしれない。これはちょっとヒネリの効いた思考回路を持つ、そんな彼らしい反応ではなかろうか。

「歌いやすさもすごく考えるようになった」

 ただ、「ロビンソン」は明らかにスピッツというバンド、そして草野というソング・ライターが変化(成長)を遂げたなかで生まれたものでもあった。のちに草野は、こんな回想もしてる。「以前はイメージした言葉が並んでいさえすれば満足だった」のが、その後、観客も増え、お客さんにちゃんと歌声を届けないといけないと感じてからは、言葉の並びに満足するのではなく「歌いやすさもすごく考えるようになった」と言うのだ(『月刊カドカワ』96年12月号より引用)。それがこの歌だと、サビの“♪だぁ〜れもさわ〜れな〜い”の“ぁ〜”の箇所らしい。彼の言う「歌いやすさ」とは、「言葉の繋がりの良さ」ということでもありそうだ。
送り手がボーカリストとしての自分自身の歌い易さを意識したということは、それは聴き手にとっては聞き易さ、さらには一緒に歌いたい時の歌い易さへも繋がるわけで、それがこの曲のヒットの要因だと結論づけても、当たらずとも遠からず、だろう。ただ、意識しすぎて言葉を月並みなものに整えたら、ここまで名作にはならなかった。
“呼吸をやめない猫”とか“ぎりぎりの三日月”とか、他のソングライターではあまり見掛けない表現も含まれる歌詞だからこそ良い。特に前者は、通常のJ-POPにおける猫のイメージとはかけ離れている。そういえば、“終わらない歌”というのもこの歌の中に出てくる表現だ。この「猫」も「歌」も、草野のなかでは「永遠」の象徴する言葉として書かれたのかもしれない。

 柔らかいリズム隊の演奏。イントロで、歌へといい誘導を果たすフレーズを奏でる三輪テツヤのギター。これらもこの曲に不可欠な要素だ。草野の声はどうだろう。あえて表現するなら「艶消しを施した美声」と形容したくなる。結果、コトバを一切、浮つかせない。そして数分間のなかで、非常にダイナミックな展開をする歌詞の構成法が光る。足下の日常、1番の歌詞なら“河原の道”から描き始め、サビの最後は“宇宙の風”へとぐわーっと俯瞰して突き抜けていく。“宇宙の風”の手前で聞こえる“ルララ”という短いスキャットは、総てのことを可能にする万能な呪文のように響く。

重力から解放されたようなフワフワの正体はなんなのだろうか。

 この歌に結論などない。「ロビンソン」というタイトルからして、歌の内容にはまったく関係ない。広い場所で深呼吸しているようでいて、自分と彼女、この二人で密室の中にいるような真逆な感覚を併せ持つ。つまりフワフワしてるようで現実的でもある。
フワフワの正体はなんなのだろうか。この歌を聴くと、重力から解放されたような気分になるからではなかろうか。そういえば、「ロビンソン」の少し前のシングルで、「空も飛べるはず」という曲もあった(発売当時より、その後、ドラマ主題歌に採用され大ヒットする)。あの曲が入っているアルバムのタイトルは『空の飛び方』だ。
この順番から推測するに、飛ぶ訓練を果たし、遂にそれを会得したのがこの「ロビンソン」だったのかもしれない。実際のところ、この曲でスピッツというバンドが大きく飛躍したのだった。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

1957年東京は目黒、柿ノ木坂に生まれる。音楽評論家。
1980年、『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽について文章を書き始め、音楽評論
家として30年のキャリアを持つ。アーティスト関連書籍に小田和正、槇原敬之、
Mr.Childrenなどのものがあり、また、J-POP歌詞を分析した「歌のなかの言葉の魔法」、
自らピアノに挑戦した『45歳、ピアノ・レッスン!-実践レポート僕の「ワルツ・フォー
・デビイ」が弾けるまで』を発表。