第12回 ゆず「夏色」
photo_01です。 1998年6月3日発売
 ゆずはデビューするや、みるみる人気者になっていった。彼らの歌は明快だった。「夏色」、「少年」、「さよならバス」…。「こんないい曲を立て続けにマグレで出せるわけがない」と思った。そして取材で会ってみると、なんとも素直というか、一発で好きになる好青年二人なのだった。
初めて二人の演奏に触れた時のことは忘れない。それは今まで一度も観たことない光景だった。場所は横浜の伊勢佐木町。青江三奈さんの“ブルース”で有名な場所だ。この界隈(かいわい)のランドマーク的な存在だった「横浜松坂屋」の前は、何千もの人に占拠されていた。でも、なにか暴動が起きようとしていたわけではなく、みんな秩序を保ち、前方を見つめている。その先にいたのが彼らだった。ひとりは社交的な感じ。もうひとりはしっかり者、という感じ。のちに社交的に見えたのがリーダーの北川悠仁で、しっかり者にみえたのが。サブ・リーダーの岩沢厚治だと知った。

 路上を卒業して、すぐに大きなホールでライヴをやり始めた二人。その盛り上がり方は、他のアーティストとちょっと違っていた。北川と岩沢の二人がエンターテイナーとして優れているのは路上で培ったものでもあったが、お客さん達も一緒にライヴを“作って”いた。特に「夏色」。「なぜこの曲は、こうも盛り上がるのだろう?」と思うくらい、徹底的に盛り上がる。

誰の胸の中にもある郷愁を呼び覚ます

 解放感のあるソフト・サンバ調(?)のリズムはノリノリだし、ステージで北川がタンバリンを振って盛り上げる、というのもファンにはお馴染みの嬉しい光景だ。岩沢のよく通る声が、会場の一番遠い客席にもくっきり歌の世界観を伝える、というのも重要なポイントのひとつ。でも、この楽曲がこうも会場の一体感を誘うのは、誰の胸の中にもある郷愁を呼び覚ますからではなかろうか。

 平成10年のリリースだけど、昭和のエキスがたっぷりと詰まっている歌だ。昭和の時代というのは、今より不便なことも多かった。でもその時代を過ごした人達は今よりも“生きやすい”時代だったとも言う。そんなよき時代の郷愁を、この歌は彷彿させるのだ。
歌のド頭は“駐車場のネコがアクビ”をする光景から始まる。長閑な街の、ありふれた夏の一日の光景が目に浮かぶ。そこから登場人物にフォーカスがあたり始めるのだが、主人公は“さえない顔”の君のことが気になって、なんとか元気づけようとする。この相手はガールフレンドなのだろうけど、もっと幅広い対象とも受け取れる。
彼の行動は、受け取り方によってはちょっとお節介とも感じられる。“さえない顔”くらいなら放っとけばいいのに、という人もいるだろう。でも、それがなんか下町っぽい人間関係を思い起こさせる。
そして誰もがこの歌のもっとも印象的に思うのは、ここではないだろうか。

“ブレーキいっぱい握りしめて ゆっくりゆっくり下ってく”

 “君”を自転車のうしろに乗せた主人公の姿。でも、運転は慎重だ。そして長閑な街の景色に、このフレーズが見事なメリハリが加えている。さらにこの表現が、二人の恋愛の進展具合を現す比喩だとするなら、坂の下になにが待ち受けているか分からないし、「今は慎重に彼女と向き合っていよう」みたいなニュアンスにも受け取れる。

「僕らの育った岡村って町は、ほんと、坂道が多くて…」

 で、もちろん僕は彼らに会った時、「夏色」のブレーキの件は当然訊ねたのである。あそこがすこぶるイイネ、と…。すると彼らの答えはこうだった。
「みなさん、そう言ってくださるんで、とても嬉しいんですけど、でも、僕らの育った岡村って町は、ほんと、坂道が多くて…」
二人が地元を歩きつつ、歌の背景となった場所を説明する、というテレビの企画があって、確か「夏色」の坂もその時に出てきたような記憶があるが、つまり彼ら(歌の作者は北川悠仁)にとって、なにかドラマチックなことを探したのではなく、気負いなく目の前にある日常を描いたのが「夏色」なのだ。夕景を描く1番から、2番では夜の風景へと移る。主人公は今度は、“忙しい顔”の君のことが気になって、気晴らしになればと夜の海へと連れ出す。僕はこの2番に出てくる“網戸ごしの風の匂い”というフレーズもすごく好きである。
そういえば先日、あるイベントでこの歌を聴いた。歌う前に北川は、「もうすっかり季節は秋ですが…」と断りを入れた。しかしイントロがなるやいなや、会場は一瞬にして“夏色”に染まったのだった。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

1957年東京は目黒、柿ノ木坂に生まれる。音楽評論家。
1980年、『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽について文章を書き始め、音楽評論
家として30年のキャリアを持つ。アーティスト関連書籍に小田和正、槇原敬之、
Mr.Childrenなどのものがあり、また、J-POP歌詞を分析した「歌のなかの言葉の魔法」、
自らピアノに挑戦した『45歳、ピアノ・レッスン!-実践レポート僕の「ワルツ・フォー
・デビイ」が弾けるまで』を発表。