第125回 大貫妙子「突然の贈りもの」
photo_01です。 1978年9月21日発売
 大貫妙子の歌で最も一般の耳に届いたものといえば、映画『Shall we ダンス?』の主題歌「shall we dance?」だろう。彼女の声の美しさ、“凛とした”と形容されることが多い、誤魔化しのない歌い方…。それらはあの作品からも、充分に伝わる。

しかし、彼女はシンガー・ソング・ライターである。スタンダード曲のカバーより、真価は自作曲にある。当然の話だ。ということで、これから何曲か、代表的なものを紹介していこう。

でも、ちょっと困ってしまう。というか、彼女には“代表曲”がたくさんある。言い方を変えるなら、作品全体のクオリティが高い。そこで、まず歌ネットにおける注目度を参考にした。一番人気は、NHK『みんなのうた』に提供されたこともあり、幅広い年齢層に届いた「メトロポリタン美術館」だった。

美術館で夢想する。美術品と会話する

 この歌はユニーク。主人公は、美術館で美術品をただ鑑賞するのではなく、会話するのだ。まず冒頭で、[天使の像]から[君の服を 貸してくれる?」と囁かれる。気づけば作品が生まれた時代へタイムトラベルしている。

E.L.カニグスバークが書いた児童文学『クローディアの秘密』にインスパイアされた部分もありそうだが、2コーラス目では大胆にも、眠ったままの古代エジプト王、ファラオに呼びかけている。しかし彼は眠ったまま…。最後は[目覚まし時計]をかけておくからと、粋なオチも忘れない。

この歌を聴いてて呼び覚まされるのは、子供の頃の豊かな想像力だ。時に想像力は、子供ならではの恐怖心をも掘り起こす。[大好きな絵の中]に[とじこめられた]というエンディングでは、そのあたりを上手に表現している。

ちなみに、高名な美術品をみて「いったい何億円すんだろ?」とか想ってしまうのは、すっかり想像力を失った大人たちだ。

伝説のシュガー・ベイブ時代の作品を

 さて次は、“あのバンド”の話を。僕がはじめて大貫妙子の歌に触れたのは、シュガー・ベイブの1975年のアルバム『SONGS』だった。このアルバムにおける山下達郎の魅力は圧倒的だが、負けないくらい素晴らしいのが彼女の歌と作品だ。

大貫妙子の作品は3曲。乾いたポップさが弾ける「いつも通り」や「風の世界」も魅力だが、特に好きだったのが「蜃気楼の街」である。アルバムでは、2曲目の「DOWN TOWN」の次の3曲目に収録されている。歌詞は簡潔である。でも、目の前の景色と心の“景色”が交差し、どこまでもイマジネーションが拡がっていく歌なのだ。

歌いだしに注目したい。[明日 家を出たら]。つまり、まだコトは起こっていないのだ。でも主人公は、[消えて行く足跡]を[気だるい昨日]に置いてきたと言っていて、つまりこれ、今日を境目とした未来へ向けての決意の歌でもある。

明日、玄関のドアを開け、外気に触れたとき、自分に訪れるであろう変化への期待感だ。それが聴いてる我々に、お裾分けされる。

主人公はなぜ出掛けていくのかというと、[あての無い街]から手紙が届いたからなのだ。このあたりは70年代的テイストといえるだろう。「あてのない街ってどこにあんの? なん番地なの?」。そんなこと誰も突っ込まなかった時代だった。

冒頭から炸裂する、山下達郎が主導したであろう分厚いコーラスは、街の雑踏を表すかのようでもあり、虚飾のない彼女の歌と、絶妙な対比となっている。

行間が聞こえてくる、とは、まさに彼女の歌のこと

 シュガー・ベイブは短命に終わり、70年代の後半以降、彼女はソロ・アーティストとして活動を始める。サウンド面において、坂本龍一や小林武史など、錚々たる人達の協力のもと、ある時はヨーロッパ指向を示し、またあるときは、ブラジル音楽のなかに身を置いた。

ソング・ライターとしての彼女は、心の機微や景色の移ろいを深く考察し、心にしみ入る名作をたくさん世に放っていく。そんななか、のちに“大貫スタンダード”となったものから「突然の贈りもの」を紹介する。

構成が優れている。主人公には[別れもつげないで]去っていった恋人がいた。そんな彼から[六度目の春の日]に[甘く香る花束]が届く。それは何の前触れもない[突然の贈り物]だったのだ。

“六度目”。少なくとも丸5年…。オリンピックやワールドカップ開催期間より長い。人間の脳みそに“忘却”が住み着きはじめる時の長さだが、彼女は[置き忘れたもの]はそのままにしてあると言っている。この感情を言葉二文字に変換するなら「未練」である。

印象的な冒頭のシーンを、彼女は楷書の文字のような明瞭な歌い方で届ける。誰もが聞き間違えることなく、物語に引き込まれていく。

歌を聴く限り、花束にカードが添えられ、具体的なメッセージがあったとか、そういうことではない。相手はただただ、今現在、“自分は貴方の近くに戻ってきている”ということを、伝えたかったようだ。

いやでも…、届いた花の種類などに、二人だけにわかる特別な意味が隠されているかもしれない。このあたり、つい想像を逞しくしてしまう。

主人公は、[訪ねてくれるまで 待っているわ]と、そう呟くのだから、ウェルカムということなのか。やがてピンポーンと、彼は姿をみせるのだろうか? 花束が届くくらいだから、居場所は分かっているハズ…。

でもこの歌、最重要なキラー・フレーズはコレだろう。[いつだって嘘だけはいやなの]。さきほど「未練」と書いたけど、過去も今も未来も、主人公が受け入れがたいのはこのことなのだ。果たしてふたりはヨリを戻したのだろうか。

[新しい仕事にもなれて]のエンディングのところも有名だ。でも[元気でいるから 安心してね]は、この恋が復活はしないことを主人公が悟ったうえでの呟きとも受け取れる。切ない。実に切ない。

だんだんイライラしてきた(笑)。あんた! 花束だけじゃなく、早く姿、現しなさいよっ!
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

かつて川だった場所を塞ぎ歩道にした場所を「暗渠」というが、ネットをみると、さまざまな「暗渠」を探索することを趣味にしている方がけっこういらっしゃるようだ。で、ふとあるとき、僕が住んでいるところの近くにも、その種の散策コースがあることを知った。で、普段はなにも考えず、ただただ駅への近道だから通過していた「○○橋」の古ぼけた欄干に、由緒があることが判明した。やがて川が健在だった頃の景色が浮かび、橋の姿も、まったく違う風情を醸しだし始めたのだった。