第131回 YOASOBI「アイドル」
photo_01です。 2023年4月12日配信
 ある日、ふと耳に飛び込んできたYOASOBIの新曲「アイドル」が、実に良かった。変化に富んだ展開で、それは曲調にも歌詞にも言えて、ボーカルは普段よりラップ色が強く、そこも新鮮であった。

アニメ『【推しの子】』のオープニングテーマということだったので、急遽Netflixで動画の第一話だけ観て、この原稿を書いているのである。

YOASOBIといえば、小説をヒントに音楽を生み出すユニットだが、その姿勢は継続されている。今回はアニメの原作者・赤坂アカが書き下ろした『45510』にインスパイアされたものである。

残念ながら小説は未読だが、僕が観た『【推しの子】』第一話の内容とも、実に響き合う歌詞だ。

『【推しの子】』のあらすじを読むと、アイドル・グループのセンターの女の子のスキャンダルに端を発し、
転生モノの要素も非常に重要であり、さらにストーリーは代替わりして続き、最終的に復讐劇として完結するらしい。

僕が子供の頃に観ていたアニメより、ずいぶんストーリーが複雑だ。もはやこうなると、奇譚と呼ぶべきレベルだ。

で、YOASOBIの「アイドル」が“アイドル”という日本固有の文化をテーマにしていることから思い出したのが、小泉今日子の1985年のヒット曲「なんてったってアイドル」だった。せっかく思い出したのだし、今月はこの2曲を取り上げることにしよう。

そもそも“アイドル”とはどういう存在なのか

 よく言われることだが、“アイドル”は偶像だ。こうあって欲しいという理想形であり、虚構ゆえ、嘘を伴う。でも、そもそもエンタメは、いかに上手に嘘をつくかが勝負。ある女優さんがお姫様の役を見事に演じたとする。でも彼女の実家は小さな草履屋さんだったとしよう。

草履屋さんも立派なご商売だが、演じる女優さんを指さし、「あのコはお姫様なんかじゃない! 草履屋の娘だっ!」なんて言っても意味はない。

ただ人間には、他人のプライバシーを覗き見したいという強い欲望があり、エンタメの周辺でその種のメディアも発達し、今へ至っている。

YOASOBIの「アイドル」にも、彼女を取り巻くそうした現実が盛り込まれる。最初のパ―トでは、[メディア]と[エリア]、このふたつが対語を成す。

メディアは容赦なくアイドルの実態を暴こうと襲いかかってくる。ファン達の熱いまなざしもそこに加わる。
しかし“アイドル”には守り続けたい自分だけのエリアが存在する。両者の攻防。曲のテンポと相まって、程よい緊張感が届いてくる。

小泉今日子の「なんてったってアイドル」の場合は、1985年当時、“アイドル”の本音や日常をストレートに描いたことが画期的だった。バランスとしては、自分の[エリア]側から[メディア」や世間を眺めつつの描写が多い。

でも[恋はする]けどスキャンダルに関しては[ノーサンキュー]と歌うあたり、YOASOBIの「アイドル」における[メディア]と[エリア]の攻防は、この歌にも存在する。

“アイドル”がみんなに与えられるものは何?

 ところでYOASOBIの「アイドル」には、[嘘はとびきりの愛]、[この言葉がいつか本当になる日]、といった意味深なフレーズが出てくる。

[等身大]で愛したいからこそ[嘘をつく]のだという、さらにストレートなモノの言い方もあるのだ。

[嘘はとびきりの愛]だなんて、いかにも詭弁のように思える。しかしそれは、彼女が葛藤の末に辿り着きたい境地でもある…、ということが、歌を聴いているうちに分かってくる。ここ、実は一番重要なところかも知れない。

なので考えた。ファンのみんなに愛を降り注ぐ存在になりたいがために嘘をつくなら、許せる気がする。そういう嘘は充分に生産的と肯定すべきじゃないか? さっき書いたエンタメの本質とも重なるし…。こういう嘘だったら真(まこと)へ転じる資格を有する、とも。

最終的にこの歌はどんな結末なのかというと、どうやら彼女の願いは果たされる。そんなエンディング。

[やっと言えた]という前振りのあと、[愛してる]の一言を口にする。歌は終わる。ここまで「アイドル」という楽曲を聴いてきた我々としては、思わず拍手する場面だろう。

いっぽう「なんてったってアイドル」も、アイドルが愛を降り注ぐ存在であることに違いはない。ただ80年代の作品ゆえ、表現そのものはカラッとしている。

[アイドルはやめられない]と全面肯定したあと、タイトルにもなってる[なんてったってアイドル]がリフレインされる。

全体としてこちらのほうの歌は、私小説的な描き方が主体なのだが、リフレインの[なんてったってアイドル]に関しては、“アイドル”という言葉が野に放たれ、みんなのものとして響く。元気いっぱいのメロディも相まって、“アイドル”という日本固有の文化が送り手と受け手の境目なく共有され、聴いてる我々も愛でいっぱいになる。

この曲とYOASOBIの「アイドル」は、ぜんぜん違うテイストだけど、“アイドル”の本質が変わらない以上、さほど乖離しない2曲なのだ。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

僕も音楽ファンの端くれなので、最近聴いて良かったアルバムを。アメリカのナッシュビルで結成され、その後メンバーの脱退やら復帰やらゴタゴタした時期もあったが、ここ最近は名作連発しているパラモアの『THIS IS WHY』が最高だった。女性ボーカルのヘイリー・ウィリアムスが、熱いなかに折り目正しさを合わせ持つ、まさに得がたい歌声を聞かせてくれる。他にはブラッド・メルドーの『YOUR MOTHER SHOULD KNOW: BRAD MEHLDAU PLAYS THE BEATLES』も良かった。有名な曲を取り上げたからこそ、余計に彼の才覚が浮き彫りになる内容でした。