ヒグチアイというアーティストに関しては、名前こそ知っていたものの、これまでちゃんと聞いたこと(歌詞の考察をしたこと)がなく、だからこそ今回、取り上げてみることにした。
ちなみに、“お初である”ことには利点と欠点がある。利点は先入観なく接することが出来ること、欠点は、執筆対象への知識不足は否めないことだ。
ただ、本欄は歌詞のコラムなので、歌ネットに掲載されている彼女の作品群を吟味しつつ、書いていくことにしよう。
ちなみに、“お初である”ことには利点と欠点がある。利点は先入観なく接することが出来ること、欠点は、執筆対象への知識不足は否めないことだ。
ただ、本欄は歌詞のコラムなので、歌ネットに掲載されている彼女の作品群を吟味しつつ、書いていくことにしよう。
2023年8月9日配信
自販機の前の自信と躊躇い
まず最初に選んだのは「自販機の恋」である。リリースは昨年の夏ということで、比較的新しい作品だ。
この楽曲タイトルをみて、僕はどんな想像をしたのかというと、まずは自販機というものを擬人化し、語られていく(おそらく都会の殺伐とした)物語だった。次に、なにやら自販機がシチュエーション的に絡んでくる、日常の営みを捉えた歌だった。さて正解は後者。
これは恋の始まり、スタートラインの歌だが、どうやら“両想いっぽい”あたりが特徴的である。なにしろ[またご飯いこうね]と言っているのだ。もう既に、行ったことあるのである!
ところが確証はなく、主人公は、なんとかそれを確かめたいが、実際の行動には出られずにいる。そのもどかしさが、受け手の我々の心を動かす。
で、たまたま主人公と相手を結びつける場所が、自販機の前なのだ。二人の関係は、学生同士ということもあり得るし、職場の同僚ということもあり得る。
[変わり映えのない日々]という表現が出てくる。まさにこうして、近所の自販機に買いにくることを指す。ただ、そこに気になる相手もやってきて、特別な瞬間へ変わった。具体的な変化としては、そのことで、相手は自分に[選択肢をくれた]のである。
まずこの歌の学びとして書くなら、「生きがいとは、選択肢のある日々に宿る」、みたいなことが挙げられるだろう。
自販機を介し、想いは言葉に変換される
先ほども書いたが、まだ主人公は、具体的な行動には出ていない。なのでこの歌を構成するのは、意識の流れだ。言葉にして伝えてないけど想っていることが、目の前にある自販機という存在を媒介として、やっと言葉に変換される。それがこの歌詞の醍醐味だ。
自販機には、サンプルとして沢山の飲み物のパッケージが並んでいる。[つめたいのとあったかいの]が並んでいて、[甘いの甘くないの]も並んでいる。
それらを目の前にして、[どっちがいい?][どっちがいや?]と訊ねる。この冷たい温かい甘い甘くないは、その人間の主義・信条みたいな大きなことへの問いかけのようでいて、単に相手の趣味趣向を問うているようにも受け取れる。
結局この恋がどう進展したかまでは書かれていない。でも最善策は、自販機などない場所で、ちゃんと告白することだ。相手もそれを望んでいる気がする。
2022年3月2日発売
実験的とも思える歌詞の構成が際立つ「劇場」
もう1曲、「劇場」という作品を取り上げたい。なお、本作品は様々に受け取れるだろうから、これから書くことは、楽曲解釈のほんの一例だと思ってほしい。では、いざ。
まずこの歌は、“劇場”が舞台のようでいて、実際のステージや客席は存在しないのだと想われる。フィジカルではなくメタフィジカルな世界観とでもいうか、とっても凝った、ある意味、実験的な作品なのだ。
冒頭に、[わたし]はステージの上にいて、そこには[一本のスポットライトがさす]と書かれている。
聞きすすむうちに、状況が分かっていく。この主人公には、[もう会えない][会わないと決めた人]がいるということだ。
さらに注目すべきフレーズがある。それは、[あなたの劇場でしあわせに]というもの。この“あなたの劇場”の“劇場”は、完全にメタフィジカルなものに違いない(この彼が実際に劇場のオーナーでもない限り)。
そして“劇場”は、なにも相手だけじゃなく主人公の心の中にもあり、歌の冒頭で自分が“一本のスポットライト”の下で歌っているというのは、普通に解釈すると、孤独感を描写したものと思われる。
この歌に救済はないのかというと、セカンド・コーラスで日が差す。[一本のスポットライト]のもとの[わたし]は、踊り始めたのである。そして客席から[拍手は鳴り止まない]。さっき客席には、[二人の男女]しかいなかったはずなのに。
ただ、孤独と喝采の二部形式などという単純な歌ではなかった。拍手を送ったはずの客席では、[無表情で立ち去る人]が増えていくのである。
過激なフレーズのようで、日本の芸能に精通している
なんとかそれを引き留めようと、ステージの上の[わたし]が取ろうとする行動は過激だ。なにしろ蛇を飲んだり、服を脱いだり、血を流したり、というものなのだから。
でもこれ、破れかぶれなようでいて、実は日本の芸能に広く精通している人が書くフレーズである。これらが“見世物”として成立していた時代があった(僕は子どもの頃、見世物小屋で“蛇女”をみたことがある)。
当コラム『言葉の魔法』史上、もっとも話題が“あらぬ方向”へいってしまったが、それほどこの「劇場」という歌には、表現のくさびが効いている。
なお、今回は僕の個人的な趣味でこの2曲を紹介させていただいたが、ヒグチアイの作品は実に多彩である。そのあたりはぜひ、ご自身で確かめてほしい。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭
(おぬきのぶあき)
拙著『いわゆる「サザン」について』のプロモーションということで、いくつかのラジオ番組にお邪魔した。そのなかでも嬉しかったのが、桑田佳祐さんのレギュラー番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』の代行DJを住吉美紀さんが務めた際、ゲスト出演したことだった。お陰で好評だったみたいで、ラジオでお喋りするのも楽しいなぁ、なんて思ってしまった。2025年の目標は、もっとラジオで喋ること、ということで、如何でございましょうか。
拙著『いわゆる「サザン」について』のプロモーションということで、いくつかのラジオ番組にお邪魔した。そのなかでも嬉しかったのが、桑田佳祐さんのレギュラー番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』の代行DJを住吉美紀さんが務めた際、ゲスト出演したことだった。お陰で好評だったみたいで、ラジオでお喋りするのも楽しいなぁ、なんて思ってしまった。2025年の目標は、もっとラジオで喋ること、ということで、如何でございましょうか。