第18回 山下達郎「クリスマス・イブ」
photo_01です。 1983年12月14日発売
 この時期になると、この歌を耳にする機会が多くなる。「耳にする」と書いたのは意識的である。こちらから音源を聴こうとしなくても、街中で遭遇する機会が増えるのだ。
そもそもクリスマスという文化は英米からやってきたもので、当然、クリスマス・ソングもたくさん輸入された。ビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」をはじめとして、数多くの英語の歌に我々は親しんできた。でもここ最近は、誇らしいことに国産のクリスマス・ソングとともにこの季節を祝うことが出来ている。「クリスマス・イブ」という楽曲を世に送り出してくれた山下達郎のお陰である。

山下達郎は音の「職人」

 スタンダード・ナンバーとして定着するキッカケとなったのは、1988年から4年間、JR東海のクリスマス・キャンペーン・ソングに採用されたからだ。しかし、あのCFが終了してから、既に10年以上も経過している。それなのにこの作品の人気は一向に衰えない。
彼はこの楽曲について訊ねられると、もちろん自分として納得出来るものだから世に送り出したとしつつも、これだけ長きに渡り愛される作品になるとは想像していなかった、といった感想を述べることが多い。でも肝心なのは、どれほど世の中に広まったかという「結果」ではない。どれだけ「納得」して世に送り出したかだろう。
なぜなら山下達郎は「職人」だからだ。音の「職人」。1991年に『ARTISAN』という作品を発表しているが、このタイトルは、まさにフランス語で「職人」という意味だった。「クリスマス・イブ」における彼の確かな仕事が、いまも我々を魅了し続けているわけだ。

 歌がいかにして誕生したかに関しては、95年にリリースした『トレジャーズ』というベスト・アルバムに添えられた、本人によるライナーノーツに詳しい。その中から引用させて頂きつつ、書かせて頂く。
まず、最初に出来たのは曲の方であり、それは「バロック音楽でよく聞かれるコード進行」のものだったという。なぜその時、バロック調の曲が出てきたのかまでの説明はないが、ふと浮かんだ、ということだろう。そして、曲調からの連想で、クリスマスをテーマにしようと思ったのだという。つまり、「新たにクリスマスの曲を書いてやろう」と思っていたわけではなかったのだ。
ちょうどその頃、彼はかつて在籍していたシュガー・ベイブというバンド時代に作りかけていた曲を思い出したという。その曲は“雨は〜”という、「クリスマス・イブ」と同じ歌い出しのものだった。その時点で何割ぐらい出来ていたのかまでは不明だが、こうして歌い出しの文句がカチッと決まったことで、あとは完成まで、さほど時間が掛からなかったという。
アレンジに関しては、職人としての本領発揮だった。彼は間奏に“♪パーパラパーパー”とパッヘルベルの「カノン」のコーラスを入れることを思い立つ。そして、一人で苦労した多重録音し、完成させるのだ。エンディングのさらに雰囲気の違うコーラスは、「当時一世を風靡していたオフコースへの対抗意識から出たアイデア」だそう。

自分の胸の奥にもあるかもしれない凹みにそっと掌をあてる

 こうした経緯を経て制作された「クリスマス・イブ」だが、まず印象的なのは30秒ほどあるイントロだ。じわじわと胸の鼓動が高まるようなイメージで、見事に歌の世界観へと誘う。そして聞こえてくる山下達郎の声。ワインに例えるならフルボディと形容したくなる豊かでどっしりした声。
印象的な歌詞の冒頭部分。“雨”が夜更け過ぎには“雪へ変わる”という一節は、その後、本当に雪に変わったのかまでは分かっていない。ただ、歌の主人公の心理も相まって、雪に変わるほど冷たく感じられたのだろう。さらに、待ち人が来るか来ないかは現時点で不明にも関わらず、主人公は既に、相手はおそらく来ないのではと悲観する…。
ここで邪推するなら、“雪へ”というのは東京出身の作者の、ホワイト・クリスマスへの憧れもあってのものかもしれない。東京でクリスマスに雪が降る確率は、これまでの統計上では0パーセントだ。
プラトニックな恋愛を描いた歌だ。いや、結果、プラトニックになってしまった、というほうが正しいか…。今夜なら“言えそうな気がした”のだが、結局は言えずじまい。でも、だから歌になるんだと思う。ここに描かれた主人公の凹んだままの想い。我々はこの歌を聞いて、感情移入して、自分の胸の奥にもあるかもしれない凹みにそっと掌をあてるのだ。
印象的に繰り返される“Silent night Holy night”というフレーズは、ただ繰り返されるだけでなく、山下達郎ならではの粋なアーティキュレーション(節回し)を駆使したものである。でもこのこの“Silent night Holy night”は、この歌のなかに鳴る“もうひとつの歌”のような存在なのだ。
主人公の想いをよそに、街はキラキラと輝いていて、楽しそうなクリスマスの歌も聞こえてくる…。だから余計、切ない想いが届いてくる。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

1957年東京は目黒、柿ノ木坂に生まれる。そもそも文章を書くことが好きだったのと、歌
が大好きだったので、このふたつの“合わせ技”で「音楽評論家」なる職業に就いて早ウ
ン十年。わたしは決して「師」ではありませんが、さすがにこの季節(師走)は忙しく、気
が急いてしまいます。そんな時は音符のひとつひとつ、コトバのひとつひとつにまで研ぎ
澄まされた感覚のある楽曲、例えば山下達郎の「クリスマス・イブ」をフル・コーラス(
ここが肝心!)でじっくり聴くと、自然と心が落ち着きます。みなさんもこの時期だから
こそ大好きな曲をじっくり聴いて見ては如何でしょうか。