第43回 西野カナ「トリセツ」
photo_01です。 2015年9月9日発売
 2016年の音楽シーン。いったいどんな名曲が生まれるのでしょう。また、どんなスタンダードな名曲がリバイバルし、再び脚光を浴びるのでしょうか? ひとつ言えるのは、人々の唇から歌が消えたことは一度もない、ということ…。さて今回は、歌ネットでも絶大な検索数を誇る西野カナの「トリセツ」を取り上げます。

実は僕自身、リリースされた時点で「いいアイデアの曲だな」とは思ってたけど、年末に「レコード大賞」と「紅白歌合戦」を観て、さらに印象深く心に刻まれたのがこの作品でした。昨今、歌詞のコンセプトがこれほどハッキリしてるものは珍しい。逆に、詞を書く側としては勇気が必要なことでもあるのです。絞り込んだテーマの中で、どれだけ発想の斬新さや表現の応用が効くか、試される部分もあるからです。

曲タイトルが伝えるニュアンスと実際の歌詞内容

 今更だけど、トリセツとは取扱説明書のこと。言葉って何でも短くすればいいわけじゃないけど、この略語はすでに市民権を得てる。ちなみに、同じ意味でマニュアルって言葉もひと頃よく使われた。しかし最近は、あまり使わない。なぜでしょう? おそらくふわっとした響きのマニュアルより、トリセツって硬い響きのほうが断然その商品の取り扱いに関する問題を解決をしてくれそうだからだと思うのです。言葉ってホント、ニュアンス勝負なとこがあって面白い。ちょっと話が脱線しました。

この歌の場合も、まさにマニュアルというよりは断然トリセツ、なのです。この響きが似合う。歌の主人公が自らの取り扱い方に関して、項目を区切って曖昧さを廃した明瞭なフレーズを連発していくわけですから。でもこれを、「西野カナ本人の取り扱い方」みたいに誤解した人もいたらしい。まぁこれ、シンガー・ソング・ライターにとって、避けられないことでもあります。「その歌は実際の貴方自身から生まれたものなのか?」、つまり「私小説的なものか?」という問い掛けは、一生ついて回るものでもあるので…。もちろんそうではなく、彼女は一般論としての“女ごころ”をテーマとしたのです。

作詞の際には、実際の家電のトリセツを隅から隅まで読んで参考にしたそうだけど、確かにそれが功を奏し、“説明書言語”とでもいいたい言い回しがアクセントとなってます。[この度は]とか、[ご使用の前に]とか[定期的]とかが、それにあたる。

ただ、“説明書言語”といっても、それをシバリに最後まで貫くわけじゃなくて、じきに解けていくのです。自分自身のことを[一点物]と表現していたりするのも言葉の選び方が上手い。コミュニケーションの潤滑油としてのユーモアも感じる。そして最初は家電の取扱説明書だったのが、途中から通販サイトのカスタマーサービス的ニュアンスも…。しかし[でも太ったとか]のあたりでは、男女のコミュニケーションにおけるかなりデンジャラスな事柄へも踏む込み、しかしそれも軽快なタッチで乗り切ることに成功している。
もちろん、メロディやアレンジとの兼ね合いも大切なこと。この作品の場合、曲調は全体に穏やか。だからこそ、時にストレートな言葉であっても、嫌味のないものとして聴き手に届いたのだと思う。

女性版「関白宣言」説について

 この曲がリリースされた時、さだまさしの名作「関白宣言」のアンサーソング、またはその女性版といった説明をしてる記事をいくつか読んだ。でもその時、はたして「トリセツ」を支持する中心層が、「関白宣言」という昔の歌を知ってるのかどうかが気になったのだけど、確かに僕も、最初に聴いた時、頭の片隅にあの歌を思い浮かべたのは事実でした。

比較というのはそもそも、対象となるものをどのように理解した上で較べるかによって話も違ってくるわけです。で、僕が読んだ記事の範囲だと、「関白宣言」に関しての理解とは、こういうものだった。これから嫁を貰う婿が、結婚したら自分は亭主関白になりますよと“宣言”するのがこの歌であり、嫁に求めることが、容赦なく、時に冷酷とも受け取れるタッチで描かれている…。その“宣言”をする側を、男性から女性へと変えてみたのが「トリセツ」なのだ、と…。確かにそんな解釈も可能ではあるのでしょう。
ただ、「関白宣言」という歌は、フル・コーラス聴いたのと前半だけ聴いたのでは印象がガラリと違うのです。最後まで聴くと、相手への気持ちが永遠のものだという確信が自分にあってこその“宣言”であることが分かる。その前提があればこそ、時に冷酷とも思える“宣言”も成り立つ。

「トリセツ」はどうでしょうか。実は、同じなの。この歌の主人公も、相手への気持ちが永遠のものだという確信を持っていて、その上でより深い相互理解のため、説明書きを相手に伝えてる。そのことが分かるキラー・ワードとして歌詞に表われているのは「永久保証の私」、という言葉。ここで改めて気づくのは、そもそも取扱説明書を発行しているのは製造したメーカー(主人公)だということで、その製造メーカーが永久だと保証しているわけなのです。

つまりこの商品についてくるトリセツというのは、最後のページかどこかに“保証書も挿入された体裁”であることがわかるのです。「関白宣言」とこの歌の共通点として、僕が一番書きたかったのは、このことなのでした。あとはそう。その“保証書”に、受け手である貴方の住所と名前を書き込むかどうかなのです。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

文章を書くことと歌が大好きだったこともあって、音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。
でも新しい才能と巡り会えば、己の感性は日々、更新され続けるのです。
お正月は、テレビの演芸番組をたくさん観ておりまして、なんとナイツを5回か6回観てしまいました。
で、このお二人、毎回違うネタなのがサスガでした。
あと紅白歌合戦ですが、とっても印象に残ったのが紅組トップバッタ−の大原櫻子さんの「瞳」。
初出場と思えない声の伸びやかさに惚れ惚れ。堂々たる姿はまさに大物の予感。