第95回 阿部真央「どうにもなっちゃいけない貴方とどうにかなりたい夜」
photo_01です。 2020年1月22日発売
 阿部真央について文章を書くのはこれが初めてかもしれない。こんなキャリアと実績があるヒトなのに…。しかしご縁というものは、こちらから勝手に作ってみることも可能なのである。というわけで今月は彼女のことを。もちろん本コラムなので、彼女を「作詞家」として取り上げる。

実にアイデア豊富。自由形で作詞するヒト

 例えば「人見知りの唄~共感してもらえたら嬉しいって話です~」。曲調はメリハリあるハード・ロックだが、歌詞の組み立て方はタイトルからして実に丁寧だ。特にサブ・タイトルの加え方。“共感してもらえたら嬉しいって話です”というのは、誰もが全員、人見知りってわけじゃないからだ。

この場合、これを書いてる筆者自身も人見知りだから共感したのかもしれないが、この性格の人間は単なる引っ込み思案てわけじゃなく、周りの人間を観察しすぎるところが仇となったりもする。そのあたり踏まえつつ、しかしこれはポップ・ソングなので、恋愛の歌に上手に寄せている。

画一的な学校教育にアンチ?

 さて次は、近年の地上波のテレビ・ドラマでは非常に評価が高かった多部未華子主演『これは経費で落ちません!』の主題歌だった「どうしますか、あなたなら」である。最新アルバム『まだいけます』収録曲だ。歌詞を改めて眺めると、非常に印象的なのは[綺麗な丸をもらえても]という表現だ。

そして“綺麗な丸”に対して、疑問も呈するのがこの歌なのだ。ではこれはなんのメタファーなのか。けしてハミ出すことをしない、画一的な人間のことだろうし、そうしたものを生み出す教育や社会を指すのだと解釈できる。

しかしこの歌の素晴らしいところは、“綺麗な丸”という表現をただ登場させただけじゃなく、そんなものは[そのまま止まらず転げる]と、そう警鐘を鳴らしているところなのである。

では彼女が言いたいのはどういうことなのか。“綺麗な丸”なんかじゃなくていい、ということだ。イビツだったり出っ張ったところがあっていい。でもそれこそが個性であって、それがあれば[止まらず転げる]こともなく、自分という大地の上に踏ん張っていられる。

ご本人にインタビューしたことないので不明だが、このあたりの展開(“丸”→“転げる”)を思い付いた時は、作詞家として、ヤッター、と、心の中で叫んだのではなかろうか。あくまで想像だが。

ポップ・ソングの根幹たるラブ・ソングの書き方とともに成長

 とはいえポップであろうとロックであろうと、作品の根幹となるのはラブ・ソング、「好き」という気持ちの伝え方だ。最後に最新アルバム『まだいけます』から「どうにもなっちゃいけない貴方とどうにかなりたい夜」を取り上げたい。そもそもこの恋は、オトナの恋の歌だ。昔風に書くならば、道ならぬ恋…。

この場合、なぜ相手は[どうにもなっちゃいけない貴方]なのかというと、人間は齢を重ねていくと、社会のなかで、様々に背負うものが出てくるからだ。中学校の時のように、相合い傘のなかに二人の名前を刻む、なんてわけにはいかなくなるのだ。ただ、ここで主人公の女性はけして諦めない。[どうにかなりたい]と思うわけである。

もちろん、主人公の女性にだって、社会のなかで背負うものがあるだろう。では、何が彼女を突き動かすのだろうか。それをこの歌では[清い欲望]という言葉で表現している(もっとあからさまに[すけべな気持ち]とも書いているが)。

しかし、まだ、躊躇う気持ちも残ってる。もしこの状態をプールにおける飛び込みに例えるなら、完全に体の重心はプールの側に傾いてしまっているのに、気持ちはまだ、飛び込み台のほうへ戻ろう戻ろうとしているような状態だろう。結果、主人公は[どこまでならいい?]と自問するのだ。ティーンの頃にあった恋のABCは、どうやら大人になっても存在するんだということを、僕はこの歌から学んだ。

最後に個人的なイチオシを!

 筆者の個人的な趣味から選ばせていただくなら、なんといっても「27歳の私と出がらし男」である。でもやだなー。“出がらし男”なんて、一生、呼ばれたくない。年齢と共に旨味が増したね、と、そう言われたい。この歌詞の最高なところは、後半に出てくる[あの5000円は許しません]。これ、あえて解説はしません。実感してください。で、実はこの歌、最後まで聴くと、そんな“出がらし男”にも感謝し、終わっていくのだ。めでたしめでたし…、と、思いきや、なぜ彼が“出がらし”になったのかというと、相手に“香り高き緑茶”を何杯も提供したからではないか。しまった! 気づいた時は遅かった。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

たいへんな世の中だが、こういう時は、「明日は必ずやってくる」みたいな手垢のついたこと言わずに、限られたなかに喜びをみつけていくしかない。そういうクセ、そうしたコツを得たなら、きっとアフター・コロナな世の中にも役立つことだろう。ところで近況だが、テレビ電話取材をいくつこなした。びっくりしたのはZoomで取材したものの映像を送ってもらった時。こっちは「ええ」って相槌うっただけなのに、その都度、自分の顔の画像に切り替わるのだ。まぁもちろん、もともと会議用だからそうなっているんだろうけど、なんかちょっと恥ずかしかった。