カップリングに収録されている、嘉代子さんの歌と“伊澤一葉”さんのピアノによる「残ってる -ピアノと歌-」バージョンがまた、素晴らしいです。この曲は歌うのが大変だったとツイートされていましたね。
吉澤:ゴンドウトモヒコさんがプロデュースしてくださった1曲目は演奏が力強かったので、私もそれに負けじとパワー系で歌ったんですけど、伊澤さんとのピアノバージョンは抑えたものにしたかったんです。胸のうちで静かに燃え続けている気持ちを大事にしたいなと思って。だけどピアノと歌だと、本当に声も息も全部さらけ出されちゃうので、その生々しさのバランスをコントロールしようと思うと難しかったですね。
ラストのピアノソロもかなりグッと来ました。
吉澤:ね!あのピアノすごいですよね。あれは伊澤さんにお任せして、本っ当に何回も録ったんです。みんな「すごい良いですよ!」って言っているんですけど、伊澤さんが「いや、違う。なんでこんな出来ないんだ…」って。だから私が「伊澤さんが好きな女の子とバイバイして、一人で帰っていくときの気持ちを想像してください」ってお願いしたんです。そしたら伊澤さんが「もう俺にはそんなの残ってないから。全部なくなっちゃってるから。今は娘とか家族のことしか浮かばない」っておっしゃって。そっかぁ…って思ったんですけど、そのあと弾いてもらったら、音量が思いっきりバーンッ!って上がっていて。
あの頃を思い出したのでしょうか(笑)。
吉澤:そう、急に!なんか、伊澤さん自身はその頃の記憶を忘れちゃっていたのかもしれないけど、細胞単位で覚えていたものが反応しているんじゃないかなって思いました。無意識の中に記憶って残っているんですかね。
伊澤一葉さんのピアノは、嘉代子さんの言葉で表すと、どんな音だと思いますか?
吉澤:なんというか…王子様みたいな音。あと、ライブで椎名林檎さんにお会いしたときに、伊澤さんの話になって、そのときに「わっち(伊澤)のピアノ、泣いちゃうでしょ」って言われたんです。まさにそれだなって思います。泣いちゃうなって。伊澤さんは、必ず何かが起きる人なんです(笑)。だけど、何が起きたとしても、またお願いしたくなる魔法みたいなものを持っていて、すごく魅力的だなと思います。
もう少しだけ作詞についてお伺いしていきますが、嘉代子さんは歌詞カードで読んだときの字面もすごく大切にされていますよね。
吉澤:そうです。今回も一度「これでOKです」って提出してから、3回くらい「すみませ~ん」って直しちゃいました。たとえば<かき氷いろ>の“いろ”を漢字にするかひらがなにするかとか。<向日葵>の表記も迷いました。あと<私>と<あなた>も。
「残ってる」の<私>は漢字なんですね。
吉澤:今までは大体、ひらがなで<わたし>にしていたんですよ。ちょっとレトロな曲だと<貴方>って漢字にすることもあったんですけど。でも実は、三枚目のアルバムを作ったあとからは全て漢字の<私>なんです。
どうして<わたし>から<私>へ変化したのですか?
吉澤:決めたんです、自分のなかで。ひらがなの<わたし>っていうのは、子どもだ!と思って。これからは大人として漢字でいこうって。初めて言いましたけど、これは覚悟の<私>なんです。だから「残ってる」でも漢字にしているんですよね。やっぱり文字の表記は好きだなぁと思います。
では、歌詞が良いなぁと思うアーティストを教えてください。
吉澤:倉内太さんっていうシンガーソングライター。この人は私なんじゃないかって思うような言葉が歌詞に散りばめられていて。とくに『刺繍』ってアルバムが大好きなんですけど、インタビューの最初にお話した夢のこととか、そういうことをきっと倉内さんも考えているんだろうなって。感覚的なところなんですけど、すごく良いんですよね。
嘉代子さんは、本や詩や短歌などもかなり読まれていますが、そのなかで最近「素敵だなぁ」と思った言葉はありますか?
吉澤:谷川俊太郎さんの詩なんですけど、<いまは ただひとりにしておいて ほんのすこしだけ しんでいたいの ほんとにしぬのは わるいことだから おんがくもきかずに あおぞらもみずに わたし ひとりで もくせいまでいってくるわ>。これは読んでいてすごく楽になりました。<しんでいたい>という禁断ワードを使っているんですけど、その前に<ほんのすこしだけ>って言葉があることで、自分が今の世界から少し離れたいって意味になっていますよね。<ほんとにしぬのは わるいことだから>。でも、しにたい気持ちになることってあるじゃないですか。そこを肯定されているような気持ちになるんですよね。
今年の6月には、歌人の穂村弘さんとラジオで対談もなさっていましたね。
吉澤:はい。大好きで、職権乱用してしまいました(笑)。本当に素敵な方で、話すスピードはゆっくりなんですけど、脳内処理が早いなってビックリしました。難しい質問をしてもすぐ返してくれるんですよ。たとえば「穂村さんがいちばん嫌な質問は何ですか?」とか聞いたんですけど、即答で「作品は何パーセントくらいの割合で実体験ですか?」って質問が嫌だとおっしゃっていました。
それは、嘉代子さんもあまり好きではない質問ですね…。
吉澤:そう思いました(笑)。でも逆の立場になると、たしかに穂村さんに聞きたくなっちゃうなって。もちろんそのあと「実体験ですか?」とは聞けなくなりましたけど。
ありがとうございました!では、最後に歌ネットを見ている方にメッセージをお願いします。
吉澤:自分が看板になるお仕事なので、自信がなくなったりとか、疲れたりとか、「やっていける?」って思ったりとかすると、そこで終わっちゃうかもしれないプロジェクトなんですよね。だから不安になることもあるんですけど、やっぱり歌から少しでも離れると、体がすごく重くなってきちゃうから、どんな形にしろ歌は私に必要なものだし、歌が必要なことって幸せだなとも思っています。だから、これからも歌い続けていくので、よろしくお願いします。