—30周年、あらためておめでとうございます。
渡辺:ありがとうございます。激流のような音楽の世界でやってきて、おかげさまで30周年を迎えることができました。ただ好きな事だから続けられるというものでもなくて、ファンの皆さんにずっと応援してもらえるような存在であり続けることが、自分にとっての大きな仕事でしたね。
—ファンや周囲の期待に応えたいと思って作品づくりをしてきた、ということでしょうか?
渡辺:ありがたいことに、自分の心に反することは極力やらないでこれたと思います。周りから「今これをやったほうが得だよ」といった意見も出てくる中で、その都度、できるだけ自分の中で納得できるものをチョイスするようにしてきましたね。4月に出したアルバム「オーディナリー・ライフ」のタイトル曲の中で歌っているように、まさに「ココロの声に身を任せながら」やってきたんです。
—本当にやりたいことかどうか、常に自分の正直な気持ちに従って判断してきたんですね。
渡辺:音楽を作ることに限らず、きっとどんなお仕事でも、そして自分がどう生きていきたいかを考える時でも、大事なのは自分の心に向き合うことだと思うんです。もちろん大人であれば、イヤだと思ってもやらなければならない時もあります。ただ私の性格上、もし「これ、ホントはやりたくなかったんだよね」と思いながらやったら、間違いなく顔に出てファンの人にも伝わってしまっただろうし、ボーカリストとして30年歩んできた中で、どこかに後悔を残したかもしれません。でも今年、こうやって最高傑作と思えるアルバム「オーディナリー・ライフ」を作ることができて、47都道府県を素敵な仲間と共にツアーで回れているのも、なるべく自分の心と向き合いながら、「これはオモロイな」と思えるものにはトライしてみる、といった姿勢でやってこれた結果だと思います。
—レーベル移籍や活動休止期間もなく30年。でも決して順風満帆でない時もあったのでしょうか?
渡辺:きっとどのアーティストもそうであるように、30年の間にはたくさんの波がありましたね。うまくいかなくて、思うように活動できない時期も。そういう時はどうするかというと…とにかく「じたばたしない」。じたばたしたところでいい結果は生まない、ということは経験から学びましたから。どうやっても埒があかない状況だと思ったら、たとえ世の中に発表できなくても作品を作ることに集中したり、出来たばかりのものを先にライブでやってみたりとか。そんなふうに、クリエイティブな歩みを決して止めないようにしていましたね。
—最新アルバム「オーディナリー・ライフ」には、錚々たる顔ぶれの方たちが参加していますね。
渡辺:30周年のアニバーサリーイヤーということで、たくさんのアーティストの皆さんが歌を贈ってくださいました。デビューの頃からのお付き合いの人もいれば、今回初めましての人もいますけど、皆さんすごく快く参加してくださって。プロデューサーの佐橋佳幸さんをはじめ、楽曲を提供してくれた皆さんそれぞれに「渡辺美里には、やっぱりこういう歌を歌ってほしいよね」という描き方の違いがあって、楽しかったです。例えばサンボマスターの山口隆さんが書いてくれた「涙を信じない女」は、「あーこれ私のことかっ!」と思いました。自分で書こうとしたらそんなタイトルが浮かぶことはまずないので。でも行間に見えてくる人物像がイメージできて、作品の一つとしてこれは面白そうだな!と。あとはYO-KINGさんが作ってくれた「鼓動」。言葉の温もりとか、孤独感とか、どこか「孤高」な印象のある世界観は、どこか私と共通するものもあるし、男の人だからこそ書ける歌詞だな、という部分も感じました。
—提供された作品の世界観に美里さんのほうから寄っていった、という感じでしょうか。
渡辺:他の人が書いてくださるものに関して、自分自身からは出てこない歌の世界だからこそ「面白がれる」部分が私の中にあるので、そこは女優さんのように完璧に演じて歌っています。たとえ自分にまったく経験のないことでもあっても、物語性があって、人物の姿が浮かんでくるような作品だったら、いろいろ想像を膨らませて、スッと歌の世界に入っていけるので。あー、こういう言葉を歌声にすると、こんな響きになるんだ、という新鮮な発見もあります。だから、シンガー・ソングライターとしてできるだけ自分で詞も曲も全部作りたい、といったこだわりはあまりないんです。もちろん歌を作る時は言葉遣いにものすごくこだわりますけど、絶対に自分で書かなきゃいけない、ということはなくて。ボーカリストとして表現できればいいと思っています。
—美里さんの作った曲に長年支えられています、というファンも多いのでは。
渡辺:そういう声をもらうと、歌の持つ力というものをまっすぐにキャッチしてくれてるんだなと思います。たくさんの歌をうたってきましたけど、やはり「『My Revolution』が大好きです!」という人は多いです。「カラオケの十八番なんです!」という人も(笑)。後は、「BELIEVE」「10years」「Lovin'you」をいちばん好きな曲として挙げてくださる方が多いですね。「10years」も「Lovin'you」も元々アルバムの中の一曲なのに。それは、アルバムという形を通して、自分にとっての大事な音楽というものを受け止めてくださった証拠だと思います。「10years」はファン投票でも1位になったことのある曲で、ライブでほぼ必ず歌っていますね。
—自分で歌を作る時に気をつけていることは?
渡辺:どこか、自分の書いたものを冷静にジャッジする目があるんです。いったん自分から距離を置いて客観的に見るというか。いくら熱い思いの丈を書いても、それは真夜中に書いたラブレターみたいなもので、後から見ると恥ずかしー!となってしまう。そんなものを世の中に出したところで、自己満足でしかないですから。世の中に残していく作品としてはどうだろう?と、自分の作品を冷静に見る目線が、常にあったと思います。
—第三者から意見を聞くよりも前に、まず自分で冷静に見ることが大事なんですね。
渡辺:18歳の時にデビューして、いちばん最初に担当してくれたレコード会社のプロデューサーから「常に自分自身をプロデュースする目線を持ちなさい」と言われたことを、ずっと意識しています。それは自分の書く作品に対しても同じことで。他人から「ダメだよそれ」って言われる前に、自分で客観的に判断することを、知らず知らずのうちに学んだのかもしれません。
—美里さんの曲には、日本の原風景を感じさせるような描写や、美しい日本語の響きを取り入れた曲も多いですよね。
渡辺:私は東京で育ちましたけど、京都に祖母の家があって。私の祖母は俳句の先生だったんです。私が子供の頃から、春夏秋冬、短冊に俳句を書いて私の家に送ってくれて、母がその短冊を飾っていたんですね。祖母の字が達筆すぎて読めない時があって、これなんて書いてあるの?なんて聞いたり、分からない言葉があると調べたりしていました。俳句って、五七五のたった17文字の中に、季節と共にいろんな気持ちが込められていて、ある意味、究極の言葉の形ですよね。だから自分で歌を作るようになって、言葉選びのポイントとか、目線をどこに持っていくとよいのかとか、もっと俳句について祖母に聞いておけばよかったなって思います。祖母の家には、夏休みや冬休みの度に遊びに行っていました。京都の夏って、東京と明らかに違うんですよ。京都のほうがカーッと暑くて。従兄弟の男の子と一緒にスイカを食べて、彼が飼ってるカブトムシやクワガタムシに食べた後のスイカをあげたり。そのうち「あっ、テレビで吉本新喜劇が始まる時間だ!」みたいな(笑)。そんな夏休みを過ごしていました。
—そんな子供の頃の京都での経験が、歌の題材として活かされているんですね。
渡辺:そうですね。いつか見た風景の記憶が呼び起こされて、どこか映像的に歌を書いているところがあります。例えば「卒業」の歌い出しの「うす紅の花びらを屋根一面積もらせた汽車」のように、地面に積もっている桜の花びらをかき分けながら列車が走ってくる…といった実際に見たことがある風景の記憶と、自分の中で創っているスクリーンに映し出される映像を合わせて、言葉に落としこみながら作ったり。「卒業」に出てくる「花は散るらん」のような、日本語の響きの美しさみたいなものを出した曲もあれば、洋風というか、ケチャップとコショウが混ざったような香りを歌にすることもあります。そんなふうに、聴いてくれる人が温度や香り、色を感じられるものを、言葉の中に込められればいいなと思っています。
—美里さんのデビュー当時からすると、レコードからCD、さらに音楽配信やYouTubeなど、音楽にふれるツールも大きく変わってきました。
渡辺: この30年って、アナログからデジタルへと劇的に変わった時期ですよね。そういった移り変わりというものは肌で感じています。ネットですぐに見たり聴いたりできるのは便利だと思います。私も旅先で資料が必要になったり、ラジオでかける曲をもう一度聴いておくために、一曲だけデジタル配信で購入することがありますし。あと、どうしても眠れない時はYouTubeで吉本新喜劇を見ちゃうことも(笑)。ただ私も音楽を聴く側として考えた時、大事な音楽はやはりちゃんとCDのような形で手元に持っておきたい、といまだに思うので。大事に持っていたいと思ってもらえるような、手にとった時のうれしさを感じてもらえるようなものを作り続けるべきだと思います。
—便利になった反面、以前にはなかった、音楽を届けることの難しさも感じているのでは。
渡辺:世の中に存在する音楽の絶対数が増えているから、なかなかテレビやラジオといった電波では届きづらくなっている部分はあるかもしれません。でも誤解を恐れずに言えば、リスナーの人がそれぞれ本当に聴きたいと思うもの、必要とする音楽を、その人のもとに届けることができれば、それでいいんじゃないかなと思います。もちろんメガヒット、ビッグヒットも必要なことかもしれないけれど、誰もが知っているようなヒット曲が生まれるのはとても難しい時代ですし。そんな中でも、いいものをちゃんと発信し続けていけば、必ず聴いてくれる人はいる。私はそう信じています。「どうせこの程度までしか届かないだろう」と思って発信するのがいちばんよくないことで。なんだか呑気なことを言ってるな、と思われちゃうかもしれないけど(笑)。こういう時代だからこそ丁寧に作って、丁寧に歌う。そして、やっぱりライブの場というものを大事にしたい。ライブの空間でこそ味わえる熱気や一体感って、その日、その場所にしかなくて、たとえ生中継しても画面から100%は伝わらないものですから。ずっとライブにこだわってやり続けてきた人間として、それは胸を張って言えることなんです。
—全都道府県を回るツアーの真っ最中ですが、大小様々な会場でやっていますね。
渡辺:今ツアーでまわっているのは、ホールだったり、日比谷野音や大阪野音のような野外の大きな場所だったり、あるいはライブハウスだったりと様々です。手を上げたら天井に手が届きそうなこじんまりとしたライブハウスでもやっているんですけど、それがまた面白いんですよね。会場の大きさは関係なしに「あっ!いま届いた!」とか「一体なんだろうコレは!?」と思うような、まさに珠玉の瞬間というものを、今回のツアーで何度も感じています。ものすごく贅沢な、ライブでしか味わえない感動。ああ、これがあるから私はやめられないんだと思うし、音楽というものを信じられると思えますね。
—ライブの盛り上がりは、会場の大きさとは関係ないんですね。
渡辺:そうです。「待ってたよー!」といった声だけじゃなくて、言葉にならない「これを聴きたかったんだよ!」という、求めてくれてる気持ちが伝わってくるんです。皆さんが持ち寄ってきた、これまで生きてきた時間やドラマといったものを、私も受け止めながら歌って、なんとも言えない心地よい感動を味わえている。そんなツアーですね。
—今回のツアーで面白い試みとして、各地の日本酒とコラボレーションしていますね。
渡辺:せっかく47都道府県でコンサートをやるんだったら、それぞれを象徴する何かが欲しいなと思って。各地に名産品やB級グルメはありますけど、共通して必ずあるものは地酒かなと思って。47都道府県それぞれ、そんなに知られていなくても、丁寧にいいお酒を作っている酒蔵さんとコラボしてお酒を作ってもらいました。私がラベルを書いたものをつけて、コンサート当日に会場限定で販売しています。私がデビューしたばかりの時はまだ18歳でお酒も飲めなかった年頃で、それから月日を重ねて、利き酒もできるくらいの年頃になりました、という意味もあります(笑)。
—ツアーが終わる頃、美里さんの手元に47種類の地酒がずらりと並ぶのは壮観でしょうね(笑)。
渡辺:半分ほどツアーを終えたところですけど、すでに部屋が酒屋さんみたいになってます(笑)。みんなで集まって、ちょっとずつ全種類飲みながら、利き酒大会をやりたいですね。
—30周年ツアーを終えた後に、美里さんがやっていきたいことは何でしょうか。
渡辺:今回ツアーで回っていてすごく感じるのは…。30年も音楽に携わらせてもらってますけど、「長い間この曲が好きで聴いていたけれど、美里さんのライブに初めて来ました」という人がものすごく多いんですよ。初めて来たという人がこんなにいるということは、まだ私の歌をライブで聴いたことがないという人はもっともっといるんだろうなと。だから、これから聴きに来てくれる人にも、ライブの面白さ、豊かさみたいなものを感じてもらう機会を、もっと増やしていきたいですね。1月9日の横浜アリーナライブは、「オーディナリー・ライフ」というアルバムの中の「祭り」にしようと思っています。これまで歌ってきたものはもちろんのこと、未来を見据えるようなライブにする予定ですので、渡辺美里のライブをまだ体験したことのない方も、ぜひ横浜アリーナに来てほしいですね。
初回生産限定盤(CD+DVD) ESCL-4416/17 ¥3,333+税
通常盤 ESCL-4418 ¥2,963+税
1.鼓動 作詞・作曲:YO-KING
2.夢ってどんな色してるの 作詞:河邉徹 / 作曲:杉本雄治
3.今夜がチャンス 作詞・作曲:森山達也
4.涙を信じない女 作詞・作曲:山口隆 from サンボマスター
5.点と線 作詞:森雪之丞 / 作曲:木根尚登
6.オーディナリー・ライフ 作詞:渡辺美里 / 作曲:渡辺美里&佐橋佳幸
7.A Reason 作詞・作曲:大江千里
8.Glory 作詞・作曲:Caravan
9.真っ赤な月 作詞:片寄明人 / 作曲:伊秩弘将
10.青空ハピネス 作詞:渡辺美里 / 作曲:伊秩弘将
11.Hello Again 作詞・作曲:Caravan
12.ここから 作詞・作曲:大江千里
『美里うたGolden BEST』
デビュー30周年記念期間限定スペシャルパッケージ 限定出荷中!
初回生産限定盤(CD+DVD) ESCL-4068/69 ¥3,000+税
通常盤 ESCL-4070 ¥2,381+税
2.いつか きっと 作詞:渡辺美里 / 作曲:石井恭史
3.BELIEVE 作詞:渡辺美里 / 作曲:小室哲哉
4.悲しいね 作詞:渡辺美里 / 作曲:小室哲哉
5.サマータイム ブルース 作詞・作曲:渡辺美里
6.10 years 作詞:渡辺美里 / 作曲:大江千里
7.夏が来た! 作詞:渡辺美里 / 作曲:大江千里
8.虹をみたかい 作詞:渡辺美里 / 作曲:岡村靖幸
9.卒業 作詞:渡辺美里 / 作曲:小室哲哉
10.恋したっていいじゃない 作詞:渡辺美里 / 作曲:伊秩弘将
11.すき(Apricot Mix) 作詞:渡辺美里 / 作曲:大江千里
12.Lovin' you 作詞:渡辺美里 / 作曲:岡村靖幸
13.センチメンタル カンガルー 作詞:渡辺美里 / 作曲:伊秩弘将
14.さくらの花の咲くころに 作詞:渡辺美里 / 作曲:木根尚登
15.My Love Your Love(たったひとりしかいない あなたへ) 作詞・作曲:渡辺美里
『30th Anniversary 「渡辺美里 日本全国ツアー 30th Revolution」』
日程は特設サイトを参照。
「2016年 渡辺美里 30th アニバーサリー オーディナリー・ライフ祭り」
2016年1月9日(土)
神奈川県・横浜アリーナ
開場16:00/開演17:00
チケット発売日:2015年10月4日
お問合せ:SOGO TOKYO 03-3405-9999
1966年7月12日生まれ。
1985年シングル「I'm free」でデビュー。翌年の4thシングル「My Revolution」が自身初のオリコンチャート1位を獲得。同年8月には女性ソロシンガーとして日本で初のスタジアム公演を成功させ、以降20年連続公演という前人未到の記録を達成する。2006年からは「美里祭り」と題し、山梨・山中湖や横浜港、熊本城など全国各地での野外コンサートを開催。デビュー30周年を迎えた2015年5月からは全国47都道府県ツアー『30th Anniversary「渡辺美里 日本全国ツアー 30th Revolution」』を開催中。