作曲合宿を経て完成!愛情も愛憎も肯定する全4曲入りシングル!

 2021年12月1日に“sumika”がニューシングル『SOUND VILLAGE』をリリースしました。バンド初の作曲合宿を経て完成した今作。自身でさえもMVを「怖い」と感じた、毒気に満ちた愛憎の歌「Babel」。ひとつの恋が終わりゆく心情を描いた「アンコール」。短距離走のようなスピード感と熱量の「一閃」。親友に捧げるウェディングソング「Marry Dance」。今、sumikaが作りたい4曲が詰まっております。なぜ、彼らは作曲合宿を行ったのか。どんな話し合いでこの4曲が誕生したのか。インタビューでは、片岡健太(Vo./Gt.)にその全貌をお伺いしました。是非、歌詞と併せてお楽しみください!
(取材・文 / 井出美緒)
Babel作詞・作曲:片岡健太悲しみよ さようなら さようなら
顔も声も履歴も全てデリート さようなら さようなら 幸せなど願わない
気を配ったり 服無理したり 文選んだり
もう二度としないわ 街を出るから さようなら さようなら
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だけど僕らは、塩ラーメンも出すし、餃子もチャーハンも出す。

―― sumikaさんは先日「sumika Live Tour 2021『花鳥風月』」を終えられたばかりですが、今年の5月~11月にかけて行われたツアーということで、コロナ禍でもっとも大変な夏を乗り越えての完走でしたね。

世論が右往左往するなかでのライブでしたので、ツアーの初日が延期になって、日程変更をしたりということもあったんですよね。本当に、メンバー、スタッフ、来てくださる方や音楽を聴いてくださる方と一緒に荒波を乗り越えてきたツアーだと思っています。今は、やっと見えてきた光を信じたいな、消えないでほしいなという気持ちですね。

―― 2020年春、コロナ禍の初期の頃、曲作りはずっとされていたのでしょうか。

3月から4月中旬ぐらいまでは正直、曲を作ろうという気持ちになれませんでしたし、何もできない状態でした。ツアーが初日の直前で飛んじゃったんですよ。最終リハーサルまでやって、あとは本番を迎えるだけというタイミングだったので、寸止めも寸止めで。どこにモチベーションを向けたらいいかわからなくて。曲を作っても、それまではすぐにアウトプットの方法がイメージできたんですけど、誰に向けてどうやったら届くかわからないから何もできない。そういう状態が1か月ぐらいは続きました。

―― 何もできなかった時期を経て、また曲を作っていくとなったときに、ひとと会わないことで感覚が変わったり、言葉選びに迷ったりということはありましたか?

photo_01です。

そうですね。会えないからこそ、想像するしかないというか。「名前がついてないこの気持ちを、どういう言葉にしたら正しく伝わるんだろう」ということをすごく考えていました。あとニュースとかSNSとか、言葉尻ひとつで揚げ足を取られるような風潮もありましたし。失言が許されない。だから作品だけではなく、自分が発信するすべての言葉に対してセンシティブになっていた時期でもありましたね。

―― コロナ禍に限らず、日常のなかでどんなときに曲が生まれることが多いですか?

お風呂に入っているときか、移動中ですね。入浴中って、物理的にも服を着ていないし、まっさらな状態じゃないですか。しかも一日の汚れを落とす作業。なので、自分が本当に思っていたことに気づくというか。「あー、こういうこと思っていたんだな」って頭を洗い終えたときに気づいたりするんです。そういうことが頻発するってわかっているので、お風呂場の足ふきマットのすぐそばに携帯電話を置いていて。フレーズが出てきたときにはすぐそれをメモして、っていうのが日課です。作詞と作曲のネタ帳がそれぞれあるので、そのネタ帳をのちほど「この曲だったら、この歌詞が合うかもしれないな」と、マッチングさせる感じですね。

―― ちなみに、健太さんが人生でいちばん最初に書いた歌詞って覚えていますか?

なんかデタラメな英語だった気がしますね(笑)。当時、聴いていた音楽が英詞のものが多かったりしたので。今も忘れない、4曲入りのものを最初に作ったんですよ。高校時代にCD-Rで作ったデモなんですけど。それは、3曲英詞で1曲日本詞でしたね。

―― どんなことをテーマに書いていたのでしょうか。

当時はとにかく憤っていましたね。怒(いか)っていました。聴いていた音楽もどちらかというと、ロック気質、パンク気質で攻撃性のあるものが多かったし。何かに怒っていることが、音楽の表現としては普通なのかもしれないという認識でいた気がします。

―― その憤りを書いていたときから、今にかけて歌詞はかなり変わってきたのではないでしょうか。

そうですね。憤りも含んではいるけれど、喜怒哀楽がフラットになってきました。嬉しい曲もあれば、悲しい曲もあるし。怒っている曲もあれば、ちょっとリラックスできる曲もある。どの感情も分け隔てなく考えたいなと。あと、個人的には「怒り」という感情は、どんどん歳を重ねるにつれて薄れていくものだと思っていて。自分の心が怒る前に、怒りを制御できるようになるじゃないですか。でも、だからこそ、今ひっぱり上げたいのは「怒りを忘れたらおしまいだ」っていう気持ちなんですよ。そんなことを2021年現在は考えています。

―― かつて「何かに怒っていることが、音楽の表現としては普通」だと思っていたところから、「どの感情も分け隔てなく考えたい」と変化していったのは何故でしょうか。

まずsumikaは、メンバーみんな前に組んでいたバンドがあって、それが上手くいかなくて、それでもやっぱり音楽を続けたいという気持ちで組んだバンドなんですね。言ったら、命を懸けた最後のバンドで。とにかくこのバンドで後悔がないようにしたかったんです。そういう「悔やみたくない」という気持ちから、感情を喜怒哀楽どれも取りこぼすことなく表現したいと思うようになりましたね。

「楽しい」という感情だけを切り取って、「楽しい」音楽を武器にしたら、すごくわかりやすくはなると思うんです。「sumikaって楽しいバンドだよね!」って。たとえば「うちのラーメン屋は味噌ラーメンが有名です」って言ったら、味噌ラーメンを食べたいひとの行列ができるじゃないですか。それと同じで。だけど僕らは、塩ラーメンも出すし、餃子もチャーハンも出す。どれがオススメなんだかわからないかもしれないけれど、そもそも人間ってそういうものだと思っていて。だからsumikaの楽曲は、曲によってかなり感情がバラバラなんですよね。

―― sumika楽曲は歌詞人気も高く、『おっさんずラブ-in the sky-』主題歌の「願い」や『ヲタクに恋は難しい』オープニング曲の「フィクション」を始め、多くの楽曲が歌ネットの歴代人気曲に認定されております。とくにご自身で転機になったと感じる曲を挙げるとすると?

やっぱり「願い」ですね。この歌詞は自分史上いちばん書き直したんですよ。途中で気が狂いそうになりながら(笑)。タイアップさせていただく機会って、毎回毎回特別だと思っていて。sumikaの曲とタイアップ先の作品との掛け算で生まれるものじゃないとドキドキしないし、お互いどれぐらい寄り添い合えるかどうかに懸かっているので、何回も先方とやり取りさせていただきました。「ドラマの撮影が今これぐらいですよ」って進捗も聞きながら、「じゃあこの歌詞は違うかな」みたいなキャッチボールを高速で繰り返していった記憶が強く残っていますね。

そのおかげもあって、本当に後悔なく歌詞を書き上げることができました。ドラマのなかで「願い」が流れる瞬間も毎回毎回、制作チームの方が「このタイミングでかけよう」とすごく考えてくださっていることが伝わってきましたし。sumikaというバンドだけではなく、『おっさんずラブ-in the sky-』を制作している方々と一緒に、ゴールテープを切ることができた瞬間が明確だったので、とくに「願い」は印象深い1曲ですね。

―― 今回のシングル『SOUND VILLAGE』収録曲は、タイアップとして書き下ろした楽曲ではありませんが、意外と0からテーマを考えるほうが難しそうですね。

おっしゃるとおりです。ルールがないので、自分たちで「ここのネットに球が入ったら1点です」ってスポーツを作っていく感覚で。タイアップ楽曲を作るよりも難しいですね。でも、一方で自由があることと、メンバー4人が向き合うことがこのタイミングで必要なことだなと思ったので、それが実現できてよかったですね。

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