私は今、すっごく優しいさそりに変わってきているかもしれない。

―― 來未さんはご自身の作詞論として「倖田來未にこう歌って欲しいということを想像しながら」書くことを挙げられていましたよね。それはデビュー時から今に至るまでずっとですか?

そうですね。ここ数年の話で言うと、2015年に声が出なくなった時期があるんですね。もうライブの1曲目で出なくて、「どうしよう。来年は歌えるんやろうか」って。そこで初めて自分で努力をしようと思って、この7年間ボイトレに通っているんですけど、その結果1日2公演やっても枯れない声を手に入れたわけですよ。以前はファルセットもかろうじて出ていたけど、今なら鼻歌でも出せる。そうしたら技術が増えたことで、歌の選択肢も広がってきたんですよ。

―― ご自身の進化につれて、「倖田來未にこう歌って欲しい」の選択肢も増えてきたんですね。

そうそうそう。もっと若いときは「これしか歌えない」なかでの選択やったから。たとえば歌謡曲だったらバラードが最も得意で、「愛のうた」みたいに強く声を張っていたんですよ。だから自然と歌詞の世界観も、「苦しいよー」ってもがいているようなものが倖田來未らしさになっていて。だけどボイトレによって、エアーたっぷりで歌い上げることもできるようになり、ふり幅が広がった。だからこそ今回の「Wings」は、今までの作品でいちばん優しく柔らかく仕上がったと思います。昔の倖田來未だったらこの曲を活かしきれなかった。

歌詞も「Wings」は、40歳の今の自分やからこそ言える言葉でもあるのかなとも思う。それぞれの人生を<翼>にたとえて書いたんですよね。私もボイトレをやっていて、歌の面でまだまだ変えたい部分があって、それこそ<かりそめの翼>みたいな声なんですよ。そういう意味では、「倖田來未は完璧じゃないけれど、ファンのみんなと手を取り合うことによって一緒に大きく羽ばたけるなら、私が背中を押すよ!」って歌でもあって。こんな私でもやれんねんから!行けるって!って背中を押したい思いがあって、この曲が仕上がったんですよね。

―― 「Wings」のなかで、來未さんがとくにお気に入りのフレーズを教えてください。

やっぱり<かりそめの翼でも 君となら飛べる>は大きいかな。<かりそめ>って言葉を初めて楽曲に使ったと思います。

―― なぜ、主人公は自分の翼を<かりそめ>だと思っているのでしょう。

なんか…完璧じゃないって、常に思っているんです。私自身が。過去に「NEVER ENOUGH」って曲もあるんですけど、まだまだ先は長いみたいな意味があって、倖田來未はずっとそう。いいライブやっても、いいレコーディングができても、NEVER ENOUGHなところがある。もう40歳なんですけど、「もっとできる!」って。

だから私は、泣いている女の子、男の子がかっこいいなと思うんですよ。泣けるぐらい頑張ってきたから、泣けちゃう。メイクもボロボロになって、それでも羽ばたこうとしている子こそ美しい。つまり<かりそめの翼>を羽ばたかせている子のほうが、私が「行け―!」って言いたくなるんです。

―― <かりそめの翼>というひとつのワードに、來未さんらしさが詰まっているんですね。

そうなの。あとこの曲は<かりそめの翼でも 君となら飛べる>、<傷ついた翼でも 君となら飛べる>、<君と僕の翼なら 何度だって飛べる>って、どんどん広がっていくんですね。もちろん「ひとりでも飛べるわ!」って子もいるけど、「ちょっと心配やしついてきてくれへん?」って子が多いと思うんですよ。そういう子にとってのちょっとした勇気になったらいいなって。親友やったり、家族やったり、恋人やったり、私やったり、そばには誰かがいるんやってことを、この曲で感じてもらいたいなという気持ちで書かせてもらいましたね。

―― 少し話が逸れますが以前、藤原しおり(元・ブルゾンちえみ)さんの動画配信を観ていたら、ちょうど倖田來未さんの歌詞の話をされていまして。

えぇ!? 嬉しい! なんて?

―― 「さそり座のラブソングは強い」と。

photo_02です。

うわ~、おっしゃるとおり! さそり座は毒針を持ってますからね。昔はホンマにとにかく毒針を刺して痙攣するまで待って、そこから引きずって連れて帰るみたいな(笑)。それぐらい強い恋愛だったんですよ。もう「落とす!」って決めたら絶対。だって、いつ他の子に持っていかれるかわからへんもん! だからいつも若い子に言うんですよ。「イケてる物件にはすぐに手をつけておけ!」って(笑)。「バレンタインに告白しよう」とか言ってんじゃなくて、バレンタイン前に行かなあかん!って。そういうタイプやったんやけど…。

―― でも今回の「Wings」は、海のようなたおやかな愛というか、毒針はないですね。

そうなの(笑)。なんだろうなぁ…。結婚して10年経って、子どもが今10歳で。…あ!ちょうど結婚11年目なんですよ!

―― おめでとうございます!

ありがとうございますぅ! 気づいたら11年も経っていて。なんか…永遠の愛に変わっていくんですよ。旦那さんや愛しい息子という永遠に裏切らない存在ができた。だからこそ「Wings」みたいな歌詞が書けたのかなぁ。結婚して出産したばかりの当時、「価値観が変わりましたか?」って訊かれても、「まったく変りません」って感じだったんです。だけど、改めてこうして歌詞のインタビューをしていただいて、私も今初めて気づいたんやけど、「あ、変わってきてたんや」って。

―― 「愛」そのものの概念が変わったのかもしれないですね。

ねぇ。それはやっぱり安心感からなんじゃないかな。相手が遊び人の男やったら、「Wings」は生まれてなかったと思う。実際のところ今、本当に幸せで。スタッフ含め、一生懸命頑張ってくれる仲間もいて。「これなら頑張れる」って安心感がある。だから私は今、すっごく優しいさそりに変わってきているかもしれない(笑)。ブルゾンさんのお話教えてくださってありがとうございます。その変化に初めて気づいた気がする。

―― 一方で、今作の「Heaven Tonight」のようなときめくラブソングはどのように歌詞のイメージを広げているのでしょう。

実は親友がね、先月亡くなっちゃったんですよ。その彼はお花屋さんで、うちのお花とかを飾るときに来てくれる子で、誕生日会だのクリスマスだの節目節目にいつも一緒にいるメンバーのひとりで。そして、この曲は彼が亡くなった直後くらいに書いたもので。

―― そうだったのですね…。歌詞からはすごく幸せそうなドライブシーンが伝わってきました。

そうそう。お花を持ってきてくれた彼と、素敵なところにドライブで向かうのをイメージしながら書いた曲なんですよ。もちろん彼は恋人じゃないけれど、本当に仲のいい大事な友達だったので、デート中のラブソングとしても聴いてもらえる曲になりました。歌詞のテーマって、こういうきっかけからも生まれるんだなって。実体験でも、歌詞の書き方によってまったく見え方が変わってくるおもしろさがあるんだなという、新しい気づきもありましたね。

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