常に自分自身をみくびっているのはダサいから。

―― 10曲目「mmm」はヒグチアイ濃度がより強めな1曲ですね。

かなり強いですね。すごく私らしい。3年前くらいに書いているので、前作アルバム『最悪最愛』が出るときにはあった曲なんですけど。こういう歌詞を書かないと、どうしても次に進めないときがたまに来るんですよ。

―― ご自身のことだけじゃなく、群像劇というか。いろんなひとたちがいるなかで、アイさんが生きている。

そうです。みんなと同じように生きている。「東京にて」とかにも通じるものがありますね。とくにライブをやっていると、本当にたくさんのひとが見えて。いろんな場所から、いろんな人生が来ているんだなぁって感じる。そういうひとたちに、「あなたたちの歌だよ」って言える曲を作りたいなってずっと思っているんです。

―― この曲にはライブ愛も詰まっていますね。

そうですねぇ。また好きになってきました、やっと。

―― アイさんが<あなたに会いたい>と歌ってくれることが嬉しいです。

ふふふ。でも心からそう思うんですよ。コロナ禍の無観客配信ライブとかめっちゃイヤでしたもん。ライブでは「会えなくなっても…」って話をよくしているけれど、本当はずっと会いたいと思っているんです。結局<生に変わるもんはない>なぁって。だから会いに来てもらえる日々が戻ってきてよかったです。

―― 音楽活動のなかで、何の時間がいちばん楽しいですか? やはりライブですか?

うわー、どうだろう。いちばん好きなことは、歌詞を書く前に、発見をすることなんですよ。自分だけの視点を見つけるのがいちばん好きで、その瞬間のために曲を書いている感じ。だからまだ曲にもなっていない、「これを曲にするんだ!」という時点がピークで。まぁメンタルグラフのお話と同じで、最初に頂点が来てそこからはだんだん下がっていくんですけど…(笑)。

…でも最近、やっぱりライブが楽しいなぁって思うんです。あと、会場にお客さんがいて、そこで自分が生で歌う意味って、「ここにいるということ」そのものなんじゃないかなって。お互いにしんどいこともあるかもしれないけど、今この瞬間、一緒にいるという事実がすごく大事。ひとりの人間としてね。来てくれるひとがいることも、私がここで歌えることも、とてもありがたい。そういう気持ちを「mmm」では歌っていますね。

―― アルバムラストを飾る「いってらっしゃい」は、TVアニメ『進撃の巨人』The Final Season 完結編エンディングテーマです。「悪魔の子」の存在が大きいからこそのプレッシャーもあったのではないでしょうか。

もうめちゃくちゃありました。「悪魔の子」のときは取材で、「プレッシャーは大きかったですか?」って訊かれても、「全然!すごく楽しくて~」とか言っていたんだけど、もう今回は本当にしんどかった(笑)。

―― ただ「悪魔の子」とは曲調も主人公像もまったく異なる楽曲になりましたね。

はい、大事にしたものも違いました。「悪魔の子」は主人公の心情から、徐々に自分の目線に変えていく感覚だったんですけど。「いってらっしゃい」はミカサの、「もう会えない。でもまた会いたい」という気持ちと、自分が原作の最終巻を読み終わったあとの、「このひとたちにはもう会えないんだ。この先の人生を読むことはできないんだ」という気持ちをリンクさせる感じでした。残された側の寂しさに寄り添う曲にしたくて。

―― サビの<もしも明日がくるのなら>というワンフレーズがまた切ないです。きっと“来ない”とわかっているんですよね。

そう、<あなた>との明日はこない。私はもう無理だと知った上で、そのひとに「行かないで」とすがることはできないタイプで。昔「まっすぐ」という曲を書いたときにも、「このひとがいなくなってしまうことに対して、自分ができることはもうない」と明らかな上で、かけられる言葉って何だろうとすごく考えたんですけど。

そういうときには、できる限りの優しい言葉をかけたいなって。諦めとか、悲壮感とかじゃなく、とにかく「出会ってくれてありがとう」という感謝を伝えたい。その気持ちが「いってらっしゃい」で言えば<また会えるよね おやすみ>なのかなって思っています。とっても壮大な愛の歌になりました。

―― また、今回のアルバムを聴いて改めてアイさんの歌声には役者性があるなとも感じました。

photo_03です。

本当に? 嬉しいな。でもそうなのかもしれない。そんなに声色が変わるタイプではなくて。たとえばAdoさんとか曲ごとにガラッと変わるじゃないですか。それは私には絶対できないし、器用じゃないんです。

ただ、人称のお話と同じで、曲のキャラクターによって自然と変わっているところがあるんですよね。私自身ではなく、「この歌詞の主人公ならどう歌うか」が大事で。演じているというより、勝手にそうなってしまう気がします。…なんか普段、あまり話さないことなのでドキドキしちゃう(笑)。改めて考えてみるとおもしろいですね。

―― 今回のアルバムでとくに書けてよかったと思うフレーズを教えてください。

好きなのは「最後にひとつ」の<もう大丈夫 この手に持てるだけのしあわせが 似合うわたしだから>と<あなたの影を踏まずに 1人きり日向を歩く>ですね。「あの頃、本当にいろんなものを欲しがって、たくさんの幸せを抱えようとして、いっぱい零れ落ちて、それをまた拾って、…ってそういう時期でごめんね」と思えている。今は自分に似合う幸せがわかっている。そういうところがいいなぁと思います。あと、恨んでいたからこそ長く伸びていた<あなたの影を>踏んじゃっていたけれど、もう<1人きり>で、しかも<日向を>歩けているところもかわいいなって。

大航海」もいっぱいありますね。<成せないことに慣れてしまうなよ>とか。<生きやすいから死に急ぐのさ>とか。Aメロもすごく好きです。

―― 1番Aメロの<今やりたいことが 明日やりたいとは限らない>というメッセージは、「小さな夢」の歌詞エッセイでも伝えてくださっていましたね。

そう。これは本当に2022年~2023年のテーマであり、言い続けていました。やりたいことがやれないんじゃなくて、「やらなくてもいいや」になっているのが怖い。いろんなことを諦めやすくなっている、諦め慣れている。勝手に可能性が見えたり、計算ができるようになったりして、自分を下に見ている。そうやって常に自分自身をみくびっているのはダサいから。今の自分にとって「大航海」は大事な1曲になりました。

―― ありがとうございます! では最後に、これからの夢を教えてください。

また新たな山に登りたいですね。「あの曲のひと」じゃなくて、多くのひとにヒグチアイという人間を知ってもらえるようになりたい。せっかくヒグチアイが頑張ってくれているので、もっとちゃんと還元できるように。「このひとが浮かばれたらいいなぁ」って、樋口愛が言っています(笑)。


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