歌語の浪朗唱~明治幻燈 お蝶夫人~

ある晴れた日 遠い海の彼方に
煙がたち 船がやがて見える
真白い船は 港に入り礼砲を撃つ
ごらん あの人よ だけど迎えにゃ行かない
近くの岬へ出て そこで
あの人を待つのよ いつまでも…

幕末から明治へと大きく移り変わった御一新の頃、
私は没落した元武家の娘として家計を助けるためにと、
丸山遊郭に舞いと茶の指導にと通うようになりました。
そこで米国の海軍士官ピンカートン様と出会い、
二人は深い恋にと落ちてしまったのでございます。
父の反対を押し切り、夢のような結婚生活が始まりました。
二人の愛の証も授かり幸せの絶頂の中で、
ピンカートン様に帰国命令が下ったのでございます。
「二年を待て」と、そんな言葉を残し、
ピンカートン様を乗せたワシントン号は
遠い波の彼方へと消えていったのでございます。

船は出て行く 帆を上げて
女心を 嘲笑(あざわら)うのか
夢を見る度(たび) やせ細り
朝が来る度 青ざめる
待つ身切なく 流れる月日
長崎 蝶々 あゝ闇の中

「ピンカートン様はきっと迎えに来てくださるわ!」
私は二才になった坊やとその日を待ち続けたのでございます。

「ワシントン号が大桟橋に入るぞー!」
「三年ぶりのワシントン号じゃ!」
「また丸山界隈がにぎわうぞー!」

「領事様、蝶々でございます。蝶々が参りましたと、
ピンカートン様に、いいえ、私の夫にお伝えくださいまし。」
「蝶々さん…、私からも許して欲しいと言わなくてはなりません。
ピンカートンは、あれから故国に帰り、
ミス・ケイト・マッコーネルと結婚した…。」
「え!!それでは、私は、いいえ、私とピンカートン様と、
そしてこの子はどうなるのでしょうか?」
「ピンカートンはその子を自分たちの正式な子として育てたいと。
ですから坊やはこの長崎領事がアメリカを代表して
正式にお預りいたします。
蝶々さん、どうぞ安心して坊やを!あ、蝶々さん、待って!
待ってください!どこへ行くのですかーっ!!」

あゝ どうすればいいのやら
神も仏も 遠のいて
すがる者とて 無いままに
赤いお酒を 浴びながら
闇をさすらう らしゃめんが
狂い咲きたい 地獄花

あの子は今頃、新しい母の胸に抱かれていることでしょう。
お蝶にはもう、夢も生きる望みもありません。
何もかも、明治のまぼろし、ギヤマンのかけらのような、
女の一生でございました。

花の季節に 飛べもせず
海を眺めて 身をふるわせる
何を信じて 生きりゃいい
誰を信じて 死ねばいい
時の流れに もまれて裂かれ
長崎 蝶々 あゝどこへ行く
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