私小説

君の悲しみを知らない、それすら喜びの朝も知らない。
風が吹き、君は発つ、退屈な日々の折へと。

誰かが君のこと憎む朝、
残念ながら君はよく目覚め。
歳を経て女優へ化けていく友を思い出して泣いている。
湯気が上ってく七時過ぎ、
暗転する視界にもう慣れて。
星を見上げてるニシンのよう、君は今日に生きてる。

小っ恥ずかしくて言えない程、
夢の中で笑っていた。
海抜の低いこの町で君は海を許せない。

珊瑚礁にばっかり愛注ぐ。
端的に言えば馬鹿げてる。
窓に線を引く東京タワーは恋を知らぬまま。
誰かの視線が気になって、
ボタンの一番上閉める。
爪先を踏んだアイツの着ているスーツを忘れるな。

「あなたによく似た人を私、この町で今も探してるの。」
陳腐なセリフが吐けたもんだ。
ほら、緞帳が上がるよ。

君の悲しみを知らない。
それすら喜びの朝も知らない。
絶望を乗り越えた先には退屈な生活が待ってて。
風はまだ少し冷たい、起き抜けに飲んだソーダの輝き。
辺境へ変わってく都市に僕たちの居場所などないと思っていた。

同じ部屋で生きる僕ら、
誰一人同じ瞳などなく。
浅ましいほどに個性的で、
悩ましいほどに無個性だ。

それじゃあまだ風はうるさい?
君の喉の奥を深く刺すかい?
さらしもの。美しい愚者よ。
ただ生きよう、どうにせよ僕ら醜いから。

だから人は君を思い、
優しさを覚え、もう少し明日を生きてみる。
憐憫なマネキンの海を流されて君は生きる。
僕はただ愛していたい。
それでも知ることもおよそあるまい。
絶望を乗り越えた先の、退屈で厳かなあなたの溜息を。
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