三十九糎

先立つ幸せをお許しください
我が儘に遺す声を聞いてください
桜の花も失せた六月の菖蒲
そこにはもう私は居ないでしょう

先立つ幸せをお許しください
若さ故の恋の匙 掬ってください
泣いてる友達を慰める言葉
それすらもう声には出せないでしょう
先立つ幸せをお許しください
逃げ続けたことをただ叱ってください
この世に生まれ落ちて救われることは
救われたと伝えることなのでしょう

遠い街に行きます
先に降ります
離れていく光に手を振って背を向けます
今日 午後の旅路に傘が要るから
お別れに意味があったなんて思ったんです

先立つ幸せをお許しください
見上げた高望みだと嗤ってください
夕立が紡ぎ上げた空蝉の中で
心奪われたのよ可笑しいでしょう

幸福を祈ります
側に居ります
流れていく季節に目をはって絵を描きます
十日後の陽だまり
誰かいるなら
きっと確かにそのひとひらを担ったんです

やがて全部砂に還って
あらゆる奇跡のかけらを残せなくてもいいよ
記憶も忘却もあなたの特権だから
やがて光に導かれ
いつか星まで手が届く

共に灰になる曲を書きます
まっすぐ伸びる高い声を辿って
会いに来ます
三十九糎四方の小窓に
きっと長い髪が垂れてきてくすぐったいんです
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