大学受験を目の前にしたタカシの家は
両親と祖母と妹の五人家族で 暮らしに余裕がありません
両親には学費の安い大学なら行かせてやると言われましたが
そういう大学の試験が楽だったためしはないのです
タカシは合格しなかったら就職すると背水の陣をしいて
猛勉強する日々でした
月が妙に赤いある夜のこと 週三回のコンビニアルバイトからの帰り道
四つ角でひとりの男が暗やみの中からタカシに声をかけてきました
ポケットから何やら取り出すと タカシの手のひらにのせました
「願い事を紙に書いて これで消すといい
必ず願い事は かなうから」
それは小指の頭ほどの使い古しの消しゴムでした
タカシがこんなものいらないと言う間もなく
男は吸い込まれるように闇に消えていきました
家に帰ると父親と母親が請求書と領収書を前に
「宝クジでも当てないと」とつぶやきながらため息をついていました
タカシは明くる日 面白半分で宝クジを買いました
ノートに「宝クジが当たる」と書くと
昨夜もらった消しゴムで消してみました
そのままノートにはさんで忘れていた宝クジが三等500万円を当てたのは
それから二週間後のことでした
タカシが見せる当たり券と新聞を交互に見ながら
両親はびっくりして踊りださんばかりに大喜びしました
けれどタカシの驚きはそれ以上でした
指でつまんでしみじみ見ても それはもうすぐ捨ててもいいほど
ちびた さもない消しゴムでした
その夜は嵐でした
明日から修学旅行に行く妹が泣きそうな顔をして
テレビの天気予報にかじりついていました
来年から看護学校に通う妹にとって
明日からの旅は中学時代最後の楽しみでした
タカシはノートに「嵐が止んで三日間晴れる」と書くと
ていねいに例の消しゴムで消しました
明くる日の空はうそのように晴れ上がり
妹は友だちとおおよろこびで旅立っていきました
それから タカシは受験のための勉強をしなくなりました
この消しゴムがあるかぎり大学合格は決まっていると思ったからです
それからしばらくたったある日
お祖母さんが真珠の指輪がないといって大騒ぎをはじめました
お祖母さんは近ごろつじつまの合わないことを
たびたび言うようになっていました
指輪が本当にあったかどうかも疑わしいので
誰も取り合わないでいましたが
お祖父さんがくれた 生涯でたったひとつの贈り物だったのに と
さめざめと泣くお祖母さんがいたいたしく
家族全員手分けして家の中を探すことにしました
しまいには天袋の奥から米びつの底までさがしましたが
とうとう指輪は出てきませんでした
お祖母さんはそれから具合を悪くして寝込んでしまいました
日に日にお祖母さんは弱っていきます
タカシは自分の大学合格のためにとっておいた三つ目の願い事を
使うべきかどうか悩みました
指輪を出してあげるのは 簡単だ
でも大学に進学するのは自分のためだけじゃなく家族の将来のためでもある
自分が合格したらお祖母さんもきっと元気になるに決まってる
そう自分に言いきかせるタカシは
消しゴムの力を借りずに実力で合格する自信がもうないのでした
けれど何も食べなくなってやせていくお祖母さんを見ているのが
どうしてもタカシには耐えられませんでした
まだ受験までには少し時間がある 追込みをかければ何とかなる
タカシは自分にそう言いきかせると、決死の覚悟で
「真珠の指輪が見つかる」とノートに書き あの消しゴムで消しました
果たしてそれから一週間もたたないうちに
お祖母さんの指輪は見つかりました
何度も探したタンスの引き出しの奥から
油紙に包まれて何事もなかったように出てきたのです
お祖母さんは ふとんの中で泣き笑いしながら 指輪を薬指にはめました
ほどなくして タカシの受験の日がやってきました
ところが追込みの何日かで続いた徹夜がたたって
あろうことかタカシは受験のその朝に熱を出してしまいました
痛恨のインフルエンザでした
ふとんの中でうなされながら見るのは
答案用紙に必死でちびた消しゴムをこすりつけている夢でした
もはやタカシは大学をあきらめるしかありませんでした
数日してタカシの熱が下がったのを見届けるように
あろうことかお祖母さんが亡くなりました
指輪が見つかった喜びが
お祖母さんの弱り切った体力を盛り返すことはありませんでした
タカシはむしょうに腹が立ちました
これじゃ意味ない
何のために最後の願い事をゆずったと思ってんだ
葬儀が終わって遺品の整理をしていると
お祖母さんのいつも持ち歩いていた信玄袋の中から
四隅の折れた一枚の古い写真が出てきました
じいさんだよ と父親に教えられてタカシは息を呑みました
写真に写っていたのは 若い頃のしあわせそうなお祖母さんと一人の男でした
男は誰あろう コンビニ前の四つ角で消しゴムをくれた あの人でした
タカシはあっけにとられて丸一日過ごしたあと
明くる日一日中部屋にこもりきりになったと思ったら
その次の日両親に 頼むから一年だけ浪人させてほしいと土下座しました
まあ一年だけならなんとかなるだろう と両親は言いました
ふたりは宝クジの500万円を 大事にタカシ名義の銀行口座に入れて
まだ一円も手をつけずにいたのでした
両親と祖母と妹の五人家族で 暮らしに余裕がありません
両親には学費の安い大学なら行かせてやると言われましたが
そういう大学の試験が楽だったためしはないのです
タカシは合格しなかったら就職すると背水の陣をしいて
猛勉強する日々でした
月が妙に赤いある夜のこと 週三回のコンビニアルバイトからの帰り道
四つ角でひとりの男が暗やみの中からタカシに声をかけてきました
ポケットから何やら取り出すと タカシの手のひらにのせました
「願い事を紙に書いて これで消すといい
必ず願い事は かなうから」
それは小指の頭ほどの使い古しの消しゴムでした
タカシがこんなものいらないと言う間もなく
男は吸い込まれるように闇に消えていきました
家に帰ると父親と母親が請求書と領収書を前に
「宝クジでも当てないと」とつぶやきながらため息をついていました
タカシは明くる日 面白半分で宝クジを買いました
ノートに「宝クジが当たる」と書くと
昨夜もらった消しゴムで消してみました
そのままノートにはさんで忘れていた宝クジが三等500万円を当てたのは
それから二週間後のことでした
タカシが見せる当たり券と新聞を交互に見ながら
両親はびっくりして踊りださんばかりに大喜びしました
けれどタカシの驚きはそれ以上でした
指でつまんでしみじみ見ても それはもうすぐ捨ててもいいほど
ちびた さもない消しゴムでした
その夜は嵐でした
明日から修学旅行に行く妹が泣きそうな顔をして
テレビの天気予報にかじりついていました
来年から看護学校に通う妹にとって
明日からの旅は中学時代最後の楽しみでした
タカシはノートに「嵐が止んで三日間晴れる」と書くと
ていねいに例の消しゴムで消しました
明くる日の空はうそのように晴れ上がり
妹は友だちとおおよろこびで旅立っていきました
それから タカシは受験のための勉強をしなくなりました
この消しゴムがあるかぎり大学合格は決まっていると思ったからです
それからしばらくたったある日
お祖母さんが真珠の指輪がないといって大騒ぎをはじめました
お祖母さんは近ごろつじつまの合わないことを
たびたび言うようになっていました
指輪が本当にあったかどうかも疑わしいので
誰も取り合わないでいましたが
お祖父さんがくれた 生涯でたったひとつの贈り物だったのに と
さめざめと泣くお祖母さんがいたいたしく
家族全員手分けして家の中を探すことにしました
しまいには天袋の奥から米びつの底までさがしましたが
とうとう指輪は出てきませんでした
お祖母さんはそれから具合を悪くして寝込んでしまいました
日に日にお祖母さんは弱っていきます
タカシは自分の大学合格のためにとっておいた三つ目の願い事を
使うべきかどうか悩みました
指輪を出してあげるのは 簡単だ
でも大学に進学するのは自分のためだけじゃなく家族の将来のためでもある
自分が合格したらお祖母さんもきっと元気になるに決まってる
そう自分に言いきかせるタカシは
消しゴムの力を借りずに実力で合格する自信がもうないのでした
けれど何も食べなくなってやせていくお祖母さんを見ているのが
どうしてもタカシには耐えられませんでした
まだ受験までには少し時間がある 追込みをかければ何とかなる
タカシは自分にそう言いきかせると、決死の覚悟で
「真珠の指輪が見つかる」とノートに書き あの消しゴムで消しました
果たしてそれから一週間もたたないうちに
お祖母さんの指輪は見つかりました
何度も探したタンスの引き出しの奥から
油紙に包まれて何事もなかったように出てきたのです
お祖母さんは ふとんの中で泣き笑いしながら 指輪を薬指にはめました
ほどなくして タカシの受験の日がやってきました
ところが追込みの何日かで続いた徹夜がたたって
あろうことかタカシは受験のその朝に熱を出してしまいました
痛恨のインフルエンザでした
ふとんの中でうなされながら見るのは
答案用紙に必死でちびた消しゴムをこすりつけている夢でした
もはやタカシは大学をあきらめるしかありませんでした
数日してタカシの熱が下がったのを見届けるように
あろうことかお祖母さんが亡くなりました
指輪が見つかった喜びが
お祖母さんの弱り切った体力を盛り返すことはありませんでした
タカシはむしょうに腹が立ちました
これじゃ意味ない
何のために最後の願い事をゆずったと思ってんだ
葬儀が終わって遺品の整理をしていると
お祖母さんのいつも持ち歩いていた信玄袋の中から
四隅の折れた一枚の古い写真が出てきました
じいさんだよ と父親に教えられてタカシは息を呑みました
写真に写っていたのは 若い頃のしあわせそうなお祖母さんと一人の男でした
男は誰あろう コンビニ前の四つ角で消しゴムをくれた あの人でした
タカシはあっけにとられて丸一日過ごしたあと
明くる日一日中部屋にこもりきりになったと思ったら
その次の日両親に 頼むから一年だけ浪人させてほしいと土下座しました
まあ一年だけならなんとかなるだろう と両親は言いました
ふたりは宝クジの500万円を 大事にタカシ名義の銀行口座に入れて
まだ一円も手をつけずにいたのでした
ココでは、アナタのお気に入りの歌詞のフレーズを募集しています。
下記の投稿フォームに必要事項を記入の上、アナタの「熱い想い」を添えてドシドシ送って下さい。
RANKING
渡部陽一の人気歌詞ランキング
渡部陽一の新着歌詞
最近チェックした歌詞の履歴
- 履歴はありません