50年を2分半で… with 斎藤工

森山良子

50年を2分半で… with 斎藤工

作詞:森山良子
作曲:麻田浩・島健
編曲:島健
発売日:2016/04/06
この曲の表示回数:22,722回

50年を2分半で… with 斎藤工
こんな事ってあるのね。新宿のデパ地下。
レジに並ぶ私の目が懐かしい横顔に釘づけになった。
他人のそら似? イエ、彼だわ。ドキ!
早まる呼吸、声をかけようかかけまいか、カゴに入った
おとうふや泥つきゴボウの先っぽが揺れている。
こんな事ってあるのね。若い日々の恋がよみがえる。
気付かないで私に… アー、やっぱり気付いて…。
ヤダ、もっとちゃんとお化粧してくるんだった。
もっと少しマシなもの着てくるんだった。
彼がふと振りむいて、瞳と瞳が重なって… え?
違った、若すぎるわ… でもそっくりだわ、あの頃の彼に…
あ~ コンラン、何度も見返す不審者のようなおばさんに気付き、
不思議そうに彼は小さく会釈した。

「あの~ ゴメンナサイ、人違いでした、とてもよく似た人を
知っているもので、でも間違いでした、ゴメンナサイ」
「イエ… そうですか、そんなによく似ているなんて、
何かご縁があるのかな?」
あ… その声… なんだか夢の中にいるみたい!
何コレ、私もとうとう例の症状が出てきたのかしら、思ったより早いわ。
「あ、ゴメンナサイ、若い頃の思い出の中に今戻ったような気がして、
イヤーね、年を取るとコンランするの」「きっと良い思い出なんだろうな」
「良い思い出だけとっておくの」「そんな風に上手く行くと良いな」
「あの、大変失礼ですけど、お名前伺っても良いかしら?」
「あ…イヤ、あの…」「あの、不躾でごめんなさい、
あなたのまなざしも声も私の知っている人とそっくりなの、
もしかして…って思って… ホントにごめんなさいね、失礼しました」
「もしかして… か、あの僕、矢崎といいます」
「矢崎さん… 矢崎順太郎さん…」「矢崎順一です。順太郎は父です」
「あー やっぱり! あ、ゴメンナサイ」「イエ」「あ、やっぱり」
「父は…」「お父様は若い頃のとっても良いお友達なんです」
「父は一昨年亡くなりました」「そうでしたか、それは… でもきっと
良い人生でしたでしょうね、あなたを見ているとそんな気がする」
「ありがとうございます」「お引き留めしてゴメンナサイ」
「えーと、お名前は?」「私ですか?岩永さゆりと言います」
「岩永さゆりさん…」「真似したワケじゃないのよ、あの、たまたま
一文字違ってたの」「覚えやすくって良いですね」
「よく言われます、お会い出来て本当に良かった、お元気でね」
「さゆりさんも」「ありがとう、さようなら」「失礼します」

50年を2分半で飛びこして 私の気持ちは20
声を合わせ歌った Blowin' in the wind
50年を2分半で飛びこして 私の気持ちは21
今もきこえてくる We shall over come

あれから50年、いろんな事があったわ、私にも。
ジュンの人生はどんなだったかしら。
学生時代、成績のカンバシクない私に勉強を教えてくれたのは
ジュンだった。「何でこれがわかんないんだよ、さゆり、お前あったま
悪りーな」「だって、こんな公式覚えたって社会に出て何の役にも
立たないもん」「だけど、学生はベンキョーしなきゃダメなの、一生懸命
勉強して、ちょっとやそっとじゃメゲない人間になるんだ、わかるか?」
子どもっぽいところがあるのに、そのくせ説経がましいことを言った。
でもおかげで私の数学の成績は少しマシになった。

卒業が間近に迫ったある日、仲間たちと寄り集まった帰り道、
いつになくジュンが「さゆり、今日は送ってくよ… 考えてみれば、
一応お前女だからな」とめずらしく私を家まで送ってくれた。
「オレ達、会社勤めして上司にペコペコしたりしてさ、変わって
くんだろーなー」「絶対そんな風にはならないよ」「さゆり、お前社会って
そんなに甘いもんじゃないんだぞ」「でもさ、ジュンならお調子者だから
上司とも上手くやっていけるね」「そうだな、オレ結構得意かも」
「アハハハ…」「ドキドキするな」「ドキドキするね」恋と言える程の
ものではなかったけれど、ジュンといると何だか安心だった。
心が落ち着いた。漠然とだけど。「さゆり… オレさ… 多分お前みたいな
奴と結婚すると思う」「は? お前みたいな奴って何よ!」「だからさ、
何かお前みたいに気遣わなくて良くってさ、お前みたいに色気のない
女っぽくない奴だよ」「…それって、私、喜んでいいの?」
「良いんだぜ、喜んで」「全然嬉しくないけど」ジュンはふと真顔になり
私を見つめた。「何よ、こわい顔して」そして私をギュッと抱きしめ、
そして、それから、くちづけ… キ、キ、キッスをした。
初めてのキスだった。「じゃあな、頑張れよ、ちょっとやそっとじゃ
メゲない強い人間になろうぜ」優しい目で言うと背を向けて足早に駅の方へ
去っていった。はじまりではなくお別れのキスだった。
それぞれの見つめる違う方向への旅立ちのキスだった。

50年を2分半で飛びこして 私の気持ちは20
声を合わせ歌った Five hundred miles
50年を2分半で飛びこして 私の気持ちは21
今もきこえるでしょう Where have all the flowers gone

ジュンはこんな風に思った事あるかしら、あの、いわゆるタラレバ?
もしあの時こうしていたら、あ、もしもあの時ああしていれば…って。
私、何回も思った。自分が本当に思うような人生を歩いているのか。
何だか道標を探せないまま、別の角を曲がってしまったんじゃないかって。
でも、不思議ね。少し良い事があると、あ、やっぱり良いんだ、これで
間違っていなかった…ってホッとする。「でもまた少し経つと同じ事の
繰り返し、またキツーイ坂道がはじまるんだ、でもそれってマンザラでも
ないんだぜ」「うん、わかる、気がつけばまた」「ちょっとやそっとじゃ
メゲない強い人間になっている アハハハ…」ね、どうなるのかな、
これから先の展開は。何度も空を見上げ、私は負けない、乗り越えて
みせる!って叫んだ。その代わり嬉しい事があった時には「ありがとう!」
って空に報告するの。そうすると空も喜んで「よかったなー」って一緒に
笑ってくれるような気がして余計嬉しくなるの。「言ってたよ、空や雲が、
あそこでいつもこっちに向かって叫んでるさゆりっていうコ、
ウルセエって」「ハハハ、やっぱり」「アハハハ」 じゃ、聞こえるね、
ジュンにも聞こえてるね。ありがとう… ありがとう…

50年を2分半で飛びこして 私の気持ちは20
声を合わせ歌った This land is your land
50年を2分半で飛びこして 私の気持ちは21
今もきこえてくる Goodnight Irene
声を合わせ歌った Five hundred miles
今もきこえるでしょう Where have all the flowers gone

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