“僕が君の耳になる 君のひとつになる
そんな夢を今叶えたい
声は聞こえなくても 愛が響いている
そんな君をずっと愛してる”     「僕が君の耳になる

―― この歌は、耳の聞こえない女性と聞こえる男性の婚約を知ったHANDSIGNが、
お二人にインタビューをして完成させた楽曲なんですよね。

TATSU HANDSIGNにはサポートメンバーがいるんですけど、その一人が大学時代に仲の良かった二人なんです。さらに女の子のほうは、もともと手話パフォーマンスをやっていたので、僕も昔から知っていました。すごく明るい子で、聞こえないから何が出来ないとかじゃなく、聞こえなくてもどんどん積極的に前に前に前にって、そういう女の子です。

それで、二人からいろいろ話を聞いていたら、なんだか『オレンジデイズ』みたいだなぁと感じたんですよね。僕は『オレンジデイズ』を観て、手話に興味を持って、HANDSIGNを結成したから、今度は興味を持つ側じゃなくて、興味を持ってもらう側、手話の可能性を伝える側になりたいとずっと思っていて。だから二人の実話をもとに、この歌とMVを作りました。ストーリーもちょっと『オレンジデイズ』の世界観に似ていますよね(笑)。でも、わかりやすいからこそ「あ、こういう日常があるんだ」って知ってもらえる機会になるんじゃないかなって。

“君が見ている景色 僕も見えるといいな
手と手重なり合って 君に夢中になった
聞こえないことで僕らは 聞こえないことで二人を
もっと知りたい 言葉にして

―― 歌詞のこのフレーズはとくに印象的でした。聞こえない方と聞こえる方では
具体的にどのような<見ている景色>の違いがあるものなのでしょうか。

TATSU 細かいところから、かなり違います。たとえば、僕は昨日山手線に乗っていたんですけど、渋谷で急に電車が止まったんですよ。すぐに発車するのかなと思っていたら、20分くらいしてから「池袋で信号の故障があったので、振り替え乗車をお願いします」というようなアナウンスが流れて。それでみんなお客さんはバーっと降りていって。だけどもし聞こえない方が一人で乗っていたら、アナウンスの情報はまったく届いていないわけですよね。何が起きているかわからない光景が広がっている。あと、家のチャイムや電話の着信音もわからないし。そういういろんな話を実際に聴覚障害者の方から聞いて<君が見ている景色>聞こえない世界を、もっと自分も知りたいと思って、歌詞に書きました。

―― 一方で<聞こえないことで僕らは 聞こえないことで二人を もっと知りたい 言葉にして>というフレーズからは“ないからこその何か”もあるのだということを教えてくれます。

TATSU そうそう。好きになった相手のことをもっと知りたいという気持ちは、誰でもあると思うんですけど、相手には“聞こえない景色”が見えているからいっそう、その生活を深く知りたいという思いはきっと強いんです。目覚まし時計の音も聞こえないわけですから「朝はどうやって起きているの?」とか、そういう些細なことも。ちなみに、強烈なバイブレーションで知らせてくれる振動時計を使うみたいです。

“君と見てきた景色 雨が降る日もあった
ふと見せる涙の意味を 僕も知れるといいな
くだらないことで僕らは くだらないことで二人を
傷つけあって 本当ごめんね”

―― このフレーズからは、いろんな壁を乗り越えて二人が結ばれたのだということが
伝わってきますね。ちなみに実話のモデルとなったカップルはどんなことで喧嘩をしていましたか?

TATSU その二人の場合は、男性が手話をやらなくなってきたことみたいですね。最初は好きだったからこそ、手話をちゃんと覚えて、懸命にやるじゃないですか。でも「だんだん手話がおろそかになってくるんだよね~」ということを、彼女が教えてくれました。今では笑い話にしていましたけど、喧嘩をしていた当初は本当にそういうところがツラかったんじゃないかな。喧嘩の原因が手話をやらなくなってくること。それはかなり印象的でした。

SHINGO あとは、聞こえる人たちが大人数で集まったときとかは、手話をやらない人がほとんどだったりするんで、そういうときに聞こえない人は孤立感を抱いてしまうそうです。そばに恋人がいたら「なんでフォローしてくれないの?」って思うし。それは結構いろんな聴覚障害者の方から聞きますね。

TATSU 僕は何度か制作のことで、聞こえない方と手話で喧嘩したことがあるんですけど、すごいですよ。もう手話に物凄い力が入っていますね。本当に全身でキレているっていう感じでした。

SHINGO 感情が爆発していますからね。目力もめちゃくちゃ強いですし、口喧嘩より怒りが伝わってくるところもあったかもしれないですね。

“世界で一番静かな家庭に
声響いて生まれてきた
他の家とは少し違うけど
笑顔絶えない素敵な日々” 「この手で奏でるありがとう

TATSU この歌も実話なんですけど、まず主人公の<私>のモデルである女の子にはお姉ちゃんが2人いて、3姉妹なんですよ。それからお父さんとお母さん。そういう大家族なんですけど、実はこの子だけが聞こえて、他の家族はみんな聞こえないんです。4人が聞こえない家庭に、聞こえる子が1人だけ生まれるってかなり珍しいケースで。だから歌は<世界で一番静かな家庭に 声響いて生まれてきた>という印象的なフレーズから始めました。

で、この子のお母さんは、たまたま僕らが広島でライブをやったときに観ていてくれて。それからもう一回、広島に行ったときには、娘さんもライブに連れてきてくれて、それがきっかけでこの子はHANDSIGNのファンになってくれたんですよ。そして、いつか自分も手話で歌って、芸能界に入って、耳の聞こえないお母さんに音楽や演技を伝えたいって思ってくれているんです。

“私だけなんで音のある暮らし
答えなんて必要ないのに
聞こえない母と馬鹿にされた時
悔しすぎて隠れて泣いてた”

―― HANDSIGNさんの音楽は「僕が君の耳になる」もそうですが“聞こえない人”と向き合う“聞こえる人”の気持ちが綴られているところが、いろんな人にとっての救いになるだろうなぁと感じます。

TATSU ありがとうございます。聞こえるからこその思いっていうのは、いろんな人の話を聞く中で感じるんですけど、たとえば「この手で奏でるありがとう」の<私>の場合は、周りに家族の前でコソコソ話をされることとか。この子は芸能界を目指しているので、広島で発表会のようなものがあったみたいなんです。そのときにコソコソ話をされて、しかもそれがお母さんと一緒の時で、自分だけ内容が聞こえている。それでお母さんに「なになに?」って言われて、悪口を言われていることを伝えるのがツラかったって。やっぱり聞こえる側にも悩みはありますよね。でも、それ以上にこの家族からは愛を感じて。だからこそ曲とMVを作りたいなと思ったんです。

―― また、お母さんがHANDSIGNのライブに娘さんを連れて行ったということは、
お二人の手話ソングがちゃんと聞こえない方にも“音楽”として伝わっている証だと思います。
きっと「聞こえないから」と音楽を諦めている方もまだ多くいらっしゃいますよね。

TATSU そうなんですよ。この曲の手話を含め、いつも僕らの手話監修をしてくれている方も聴覚障害を持っていて。その方、もともとずっと好きなアイドルがいて、テレビで見ていて超ファンだったらしいんです。でもコンサートに行ったら、何を言っているのかまったくわからなくて、逆に嫌いになってしまい、それ以来コンサートには行かなくなったそうなんです。だけど、僕らの活動をテレビでたまたま観てくれて、ライブに来てくれて、そこからすごく好きになってくれて。そしてある時、お母さんと一緒にライブに来てくれたんですけど「(耳が聞こえる)お母さんと一緒に自分が楽しめるコンサートがあるなんて思ってなかった」って言ってくれたんです。嬉しいことにそういう方が結構多いですし、これからは音楽を諦めているもっと多くの方に届けていきたいなぁと思いますね。


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