―― 美子さんは、全国のショッピングモールでライブをし続けてきた“ショッピングモールの歌姫”としても有名ですが、ショッピングモールって最も“お母さん”たちに音楽が届く場所かもしれないですよね。
そうなんですよ。普段あまり音楽になじみがなくて、単にお買い物に来られただけという方がほとんどなので、そういうお母さんやそのご家族との出逢いが、モールで歌い始めてからたくさんありました。ライブの後のサイン会ではよく「久しぶりにちゃんと音楽を聴きました」と言っていただけたり、なかには「70年生きてきて初めてCDを買いました」とおっしゃってくださる方もいらっしゃって。ショッピングカートを押している方がふと立ち止まって、涙されている姿などを見ると、私もすごくグッと来ちゃいますね。ほんのワンフレーズでも心にとまってくれたのかなって。
―― ニューシングルのタイトル曲「母へ」は、コンサートのみで披露されてきた楽曲だそうですね。ファンの方からはどのような声が多かったですか?
みなさん涙しながら聴いてくださっていて。いろんな立場の方から感想を頂いたんですけど、たとえば「改めて、自分自身の母を思い出しました」とか。逆に「自分が母親として感じることもありました」とか。あと「私の母もまったく同じなんですよ」という方も多かったですね。
本当にお母さんって、身を粉にして働いて、子どもを育てて、家にいてもまったく座ることなく家事をして…。「私もそういう姿しか見ていなかったから、歌詞に母の姿が重なりました」って。他にも「昔は衝突ばかりしていた母と、やっと今になって和解して、お互いの想いをわかりあえるようになりました」とか。「もう他界してしまったけれども、いろんな記憶を思い出すきっかけになりました」とか。たくさんの想いを伝えていただきました。!
学生時代から夜学に通いながら働き、私を含め3姉妹を産んでからも、時には仕事を3つかけ持ちしながら、愛情深く育ててくれた母。幼い頃は、座っているところをほとんど見た記憶がありません。優しさを内包する強さは、常に子供のためにあろうとする母の生き方そのものです(半崎美子「母へ」セルフライナーノーツより)
―― セルフライナーノーツも読ませていただきましたが、美子さんのお母さんのバイタリティー、強いですねぇ。
もう本当にそうなんですよ!お昼はスタジオで着付けの仕事をして、夕方には宅配の仕事をして、夜には父と掃除の仕事をしに行って。幼いながらもその姿は記憶していましたね。
―― どんな性格のお母さんだったのでしょうか。
すごく前向きで、あまり物怖じしないタイプと言いますか。家で仕事の愚痴とか、何かの弱音とか「疲れた」とか、そういう言葉を聞いたことがありませんでした。その強さはすごく感じていましたね。あと、セルフライナーにも書きましたが、いつも“子供のために”という気持ちがあるひとで。自分は同じ服を着続けていても、子供には新しいものを、とか。自分は美味しいものは我慢して、子供に、とか。そうやって私たち3姉妹のことをすごく大事に考えてくれていましたね。
―― そういう強さや優しさって、若い頃はなかなか気づけなかったりするんですよね。
わたしもそうでした。お弁当だって学生の頃は毎日、当たり前のように食べていたし、とくにありがたみを感じずにいたんですけれども、やっぱり今になってやっと…。あと、この歌を聴いてくださった方のなかには「自分が母になってみて、母がかつて言っていた言葉の意味がようやくわかった」とか「子供をもったことで、母がしてきてくれたことの偉大さに気づけた」というお母さんもいらっしゃいますね。
―― このフレーズにも揺さぶられました。これもまた今の美子さんだからこそ、思うことなのではないでしょうか。
まさにその通りです。ずっと子供を生きがいにしてきたようなひとなので、自分が旅行したりとか、そういう楽しみを未だにまったくもたないというか。今でも働いていますし、節約家ですし、自分のために使うくらいなら子供のためにと思うようなタイプなんですけど。なんかね…そろそろ自分のための新しい楽しみとかも見つけてほしい。私自身も、ずっと迷惑や心配をかけてきた分せめて、自分の音楽活動で親孝行ができたらいいなと思っていますね。
―― 私も大人になってやっと自分の親を“ひとりの人間”として、見つめられるようになった気がします。
やっぱりお母さんとか、家族のような近い存在だと“ひとりの人間”としてみることってすごく難しいですよね。それゆえに甘えも生じますし、俯瞰でモノを見られないというか。私も結構「お母さんだから、やってくれていることが当たり前」と感じてしまっていたことが多々あって。いろんな面で自立しない限り、こういうふうに母を見つめられることはなかったと思います。
―― 「母へ」の歌詞では<お母さん>という言葉は使われておらず、<あなた>と呼んでいるからこそ、なおさら“ひとりの人間”として向き合っているように感じられました。
あ~、たしかに!そこは意識していませんでした。でもそういえば私、インディーズの頃に発売した「永遠の絆」という歌でも“両親”に対して<あなた>と歌っていて。あと「お弁当ばこのうた~あなたへのお手紙~」でも“子供”に対して<あなた>と歌っていて。もしかしたら自分は常にどんな相手でも“ひとりの人間”として見るような視点になっているのかもしれないです。