第104回 松浦亜弥「桃色片想い」
photo_01です。 2002年2月6日発売
 今月19日に公開される映画『あの頃。』(今泉力監督)は、 松坂桃李が“あやや推し”の主人公を演じつつ、仲間がいることの大切さを描く青春ストーリーだ。また、当時のハロプロの名曲達が、映画の全編を彩るという。となれば、今月は松浦亜弥の名曲を取り上げることにした。「桃色片想い」だ。

「アイドル」という日本独自の音楽ジャンルにおける紛れもない名曲であり、イントロからアウトロまで聞こえてくるすべてが“桃色”に染まるかのような世界観が特徴だ。その、振り切り方が気持ちいいのだ。

当時のあややは多忙かつ充実していた

 リリースは2002年2月6日。この頃の松浦亜弥は、いわゆる歌謡界の伝統的なシングル・タイミングを守りつつ新作を出していた。そう。春・夏・秋・冬と、年に4回である。

「桃色片想い」がパステル調なのは、春の気分を歌っているからである。その次に出た“夏編”が、これも彼女の代表曲である(のちに物真似タレントさんに取り上げられことでも有名な)「Yeah! めっちゃホリディ」だ(5月29日)。さらにボーイッシュに変身した「The美学」(9月19日)、そしてフォーキィな世界観ともいえる「草原の人」(12月11日)へと続いた。

夏と冬では当然曲調が変わるが、当時、15歳から16歳という年齢だったにも関わらず、見事な歌唱力の幅を示している。

プロデューサーつんく♂との二人三脚から生まれた

 この頃のレコーディングはどのように行なわれていたのだろうか。まず、彼女にデモ音源が届く。そこにはプロデューサー自らの仮歌が入っている。つんく♂は作詞作曲のみならず名ボーカリストでもあり、仮歌はまさにお手本そのものだ。

しかし、それをなぞるだけじゃなく、自分の色合いを加え、育てていくことを彼女は目指していた。なので歌入れの当日まで、様々に構想を練った。

ここで改めて、「桃色片想い」を聴いてみよう。まず注目は歌いだしだ。ただ単に[桃色の片想い]と歌っているのではない。正確には[ゥン 桃色の~]と歌っている。このアタマの“ゥン”は手前の小節からフライングぎみになっていて(音楽用語では「弱起」と呼ぶ)、実にタメが効いていきなり弾むような歌声としてこちらへ届いてくる。

実は、最初はこの歌い方ではなかったという。当初は普通に歌い始める予定だった。それをレコーディングの当日、つんく♂が閃いたアイデアをもとに、こう変えて歌入れしたのである。

ボーカル・ブースの松浦の横にはプロデューサーつんく♂がいて、彼がその場で閃いたアイデアを、彼女に試してもらいつつ、というのが、この頃のレコーディングだったという。

歌の表現が豊かになりそうなことは、どんどん他にも試した。“片想い”という言葉を、あえて“きゃたおもい”というふうに発音を変えて歌ってみたりもした。そんなトライ&トライを経て、この歌は完成へと導かれたのだ。

もし相手が対応不可能な人間だとしたら、プロデューサーのつんく♂は試さなかっただろう。まさに“打てば響く”松浦亜弥だったからこそ、どんどん提案していったのだろう。

自分に向けた言葉と相手に向けた言葉の使いわけ

 「桃色片想い」の歌詞を細かくみてみよう。前提として、この歌はタイトルにもあるように、片想いを描いている。まず、そのことを忘れないようにしたい。片想いなので、憧れのヒトとはまだ親しくなっていない。そのあたりが、見事に歌詞に反映されているのだった。

[好きみたいです][緊張しちゃいます]は、相手が関わってくる事柄である。でも、相手に対しては畏まってしまうから、丁寧な表現になっている。その一方、[しちゃってる][出会ってる]などは、自分の現在進行形の出来事である。こちらはいたってフランクな表現となっている。このふたつを巧みに交差させつつ、主人公の気持ちを描いているのだ。実に巧みなのである。

また、この歌はオノマトペ(擬音語・擬態語)も非常に効いている。[マジマジ][チラチラ][キュルルン]。こうした密度のある響きの語彙を並べたあとに[ファンタジー]というエネルギーが拡散していくような響きのキーワードを持ってきているのも実に上手い。

ところで[キュルルン]だが、もともと胸といえば「キュン」であるのが一般的だろう。ところがここでは[キュルルン]なのであり、これは“揺れながら輝きながらキュンとした状態”と解釈できる。主人公の今にも溢れださんばかりの恋心を、上手にすくい取った表現だ。

[「気合」いれて…]以下の、相手と会話をかわした体(てい)で、そのやりとりを夢想するシーンも実にいい。[「こんちは」即「さよなら~」]のあとで[会話になんて なってない…]とボヤく“ノリ・ツッコミ”感覚がキマるのは、松浦もプロデューサーのつんく♂も、ともに関西出身(松浦・兵庫 つんく♂・大阪)だからだろうか。

鼻と背中から声を出す感覚、とは…。

 さて最後に。当時、彼女から聞いた「桃色片想い」を歌う際に心がけていた事を紹介したい。それはずばり、「鼻と背中から声を出す感覚」だ。さらに詳しくいうと、そのあたりに一本、「芯みたいなものが通っていること」をイメージするのだそうだ。そして声そのものは、頭のつむじのあたりから出す。

それを心がけていると、音程がふらつかないのだそうだ。この話をしてくれたのは「桃色片想い」が出た2年後、彼女が18歳くらいの頃だったが、まるで歌の達人のような言葉ではないか! いや実際、松浦亜弥は同世代のなかで、図抜けた存在だった。

他にも彼女の名曲はたくさんあるが、アイドルの評価基準である歌のみならず振り付けも含めた総合パフォーマンスという点でお勧めしたいのは、「ね~え?」あたりである。この歌は、地球上より引力が弱めの空間に主人公が降り立ったみたいな設定を想起させられるが、そのことを関連してか、彼女のパフォーマンスが実に凝っている。壁にぶち当たるみたいなパントマイムの要素があるかと思うと、爪先立ちのクラシック・バレエの要素も盛り込まれている。シュール、とも言える。

この曲のみならず、改めて彼女の残した作品に接すれば、アイドルとして図抜けた存在だったことを再認識することだろう。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

久しぶりに松浦亜弥さんの原稿を書かせていただき、『亜弥とあやや』という本を上梓させて頂いた頃のことを思いだした。ちょうどその取材をしていた時は、まさに彼女、寝る暇がないほど多忙であり、普段の歌手活動に加え、ミュージカルの主演も控えていた。それでも丁寧に取材に応えてくれたのだった。グラビア・ページのロケを富士急ハイランドでやって、「FUJIYAMA」に乗ったっけ…。