第118回 Aimer「残響散歌」
photo_01です。 2022年1月12日発売
 Aimerというアーティストには以前から注目していたというか、僕ら音楽評論家が年末に依頼される年間ベスト・テンに選んだり、コンサートにも一度行かせてもらっているのだが、正直、僕は彼女の中心ファン層よりはだいぶ上の世代だろう(笑)。

しかし、そんなことはなんの障害にもならず、彼女の歌は届き続けている。それはいったいなぜか?

歌が上手いから! ま、この書き方だと、読むのをここでやめるヒトも出てきそうなので、さらに書きます。

そもそも歌は「総合力」で届くので、ひとつひとつの要素を挙げることに意味があるか不明だが、まず、誰もが魅了される彼女の声について書こう。

「包み込む」と「貫いていく」が同居する

 まさにコレだ。通常、「包み込む」感覚と「貫いていく」感覚というのは相反するものだろう。しかし彼女の声には二つが内包される。そこが素晴らしい。

また、中域が豊かに響くので、歌の背景として、大地が見える(時にそれは、歌のテーマの関係で宇宙空間の“大地”でもある)。登場する主人公が、ちゃんと踏みしめる場所が存在する。これは大きい。

最近、若い方たちの間で80年代の日本のポップスが人気だというが、さしずめあの頃なら、松田聖子的というより中森明菜的といえる要素である。

抱き締めすぎず、突き放しすぎない歌唱法

 次に歌い方だが、聴いてて感情表現が実に自然である。それがどう生まれるのかといえば、次のことが挙げられる。歌を「抱き締めすぎず」、かといって、「突き放しすぎない」からなのだ。

YouTubeで観ることが可能な「カタオモイ」の武道館での映像がある。オリジナルもいいけど、こちらは文句ナシの名演名唱である。聴いてる私たちの胸に満ちていく、淡く甘くほろ苦い感情…。それに寄り添う彼女の歌声は、自分の歌に酔う素振りなど微塵もないものだ。まるで、優しく並走していくようなのである。完璧だ。

オリジナル音源をライブ空間において、文字通り“育てる”ことができる数少ない存在の一人が、つまりAimerなのだろう。

「喪失」と「獲得」が描く歌

 彼女の詞は言葉使いも新鮮だし、昨今よくある“行間で読ませる”ということを勘違いしたような素振りもない。ラブ・ソングであっても、根本に据えられるテーマは「生きること」であって、それを身近な景色のなかに噛み砕いていくものも多い。

普遍的なテーマであればあるほど輝くところもある。「あなたに出会わなければ~夏雪冬花~」を聴いた時もそう思った。

[あなたに出会えなければ]というタイトルは,そのままサビの歌詞になっている。で、ここには「喪失」と「獲得」が描かれる。

まず、「あなた」はいま現在、目の前にはいない。それは紛れもない「喪失」。しかし、そのことによりもたらされることになる「獲得」も存在する。

それは[強さや優しさ]。主人公は、「あなた」と出会ったことで、豊かな感情を得たし、部屋の隅から広い場所へと導き出してくれたのが「あなた」という存在だった。この歌は、人生における様々な経験は、恋愛に限らず、決してその後の人生において無意味ではないことを伝えている。

他にも個人的に傑作だと思うのは「ポラリス」だ。冒頭からイマジネーション豊かな世界観のなか、孤独とは何かを説き明かすかのように歌が展開される。で、この作品はもちろん聴いて味わい深いが、歌詞を文字として読むと別の味わいがある。

たとえば[“愛されること”]と、ヒゲ括弧(“”)で敢えてくくってる部分。この言葉に別のニュアンスが加わる。[「僕は一人だ…」]という台詞仕立ての部分もそうだ。ぽつんと暗示的に登場させたあと、[「そうやって生きてきた僕は一人だ…」]というように、再登場させ効果をあげている。表現者としてのこだわりを感じる。

「残響散歌」で新たな次元へ

 現在とても話題となっているのがテレビアニメ『鬼滅の刃 遊郭編』のオープニング・テーマ「残響散歌」だ。“残響”と“散歌”という、このふたつが並ぶと、なにかが拡散していくようなイメージである。

畳みかけるような言葉の羅列も鮮やかにキマっている。[光も痛みも怒りも]や[あんなに遠くの景色まで]のあたりであり、とてもリズミカルだ。ぐいぐいと歌が加速していく。

いっぽう、最後に留め置かれるように丁寧に歌われるのが[残響]という言葉である。ベタな言い方だけど、まさにこの歌のなかで展開されてきたことが、この最後の一言で頭の中に残響を残す。そして実に巧みな緩急が醸しだされる。

自分の運命を自ら変えるための言葉

 この歌詞はフィジカルに訴えていくところがある。『鬼滅の刃』の物語を意識してのことかもしれないが、例えば[口先よりも胸を張って(中略)辿るだけ]の部分。“胸を張る”まえに、ヒトは深呼吸する。勇気も湧いてくる。さらにそのあと、この歌の最大のキラーフレーズが登場する。

そのキラーフレーズとは[選ばれなければ 選べばいい]である。なんと力強い。ずっと受け身であった自分が、自ら組み手を仕掛けに行くかのようだ。

 さきほどの「喪失」と「獲得」みたいな書き方をするならば、こちらは「受動」からの「能動」。どこかで自分が何かに押しつぶされそうな心理的状況になったのなら、この言葉を呪文のように唱えるのもいいだろう。

さて今回は、Aimerのひとりのファンが書いたような原稿になってしまった。でも、それも仕方ないことだ。なぜなら僕は、彼女のファンなのだから…。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

東京地方はそろそろ桜が散る頃だ。で、春のイベントとして持て囃されるのは街路樹のソメイヨシノだろうけど、お花の美しさということでは、このあと見頃の八重桜が勝るのでは……、みたいなことを、毎年書いているような気がする。今年も書いてしまった(笑)。ところで、一部の専門家の予測では今年の夏にはマスク不要になるのでは、なんて記事を読んだ。今年は春から秋へとツアーするアーティストも多い。そんな期待も含めて日程を消化することになりそうだ。