第119回 milet「Ordinary days」
photo_01です。 2021年8月4日発売
 miletとAimerとYOASOBIの幾田りらが共演したTHE FIRST TAKEの「おもかげ」を聴いていた時、いま現在の日本の人気女性ボーカリストのレベルというか、新たなスタイルの確立が垣間見られた気がした。

それはロックとかR&Bとかアニメとか、特定のジャンルで語られるのではなく、それぞれが独立した歌の浸透力を有するということだ。


さらに簡単に言うと、歌い方にさほどクセはないけど聴いてるこちらはクセになるのである。今回は、彼女達のなかからまだ取り上げてなかったmiletにスポットを当てる。おじさんおばさんは読み方が分からない場合もあるので書いておく。ミレイ、である。

あれよあれよ。彼女には、この言葉が似合った。シンデレラ的に音楽シーンに登場した印象が強い。彼女という存在そのものへの情報量より、まずマッサラナな状態で「歌声」に触れ、魅了された人のほうが圧倒的に多かっただろう。その意味では(ちょっと話は古いが)松田聖子のデビューにも似ている。

バイリンガルな歌詞のコツ

 彼女はシンガーソングライターである。曲は共作も多いが。そもそもはこんな話だ。デモテープを作り、それが音楽関係者の耳にとまり、デビューが決まったそうだ。でも、よほど光るものがない限り、そんなことは起こらない。そして、2019年のデビュー曲「inside you」が、いきなりドラマのオープニング・テーマになっていている。最初の本格的なステージがBillboard Live TOKYOだったというのも、雰囲気的にまさに実力派新人の王道だ。

「inside you」は、いきなり素晴らしい完成度だった。さらに、久しぶりにバイリンガルな歌詞で成功した作品ともいえた。ご本人の留学経験もあり英語も身近ということのようだが、こうしたスタイルの場合、重要なポイントがある。

英語から日本語、英語、そして日本語と、切り替わりが語感的にも滑らかであれば聴きやすいし、もちろん通して聴いた時の脈絡も求められる。

さらに日本語に得意な表現と英語に得意な表現とが相乗効果を上げているなら、伝わり方も二倍にもなる。ではこの作品の場合、どうだろう。

いきなり英語のフレーズで始まる。そして、悲しい恋の物語であることがじわじわ伝わってくる。特にイメージ豊かなのは[凍りついた声]から[青いままのflames]のところだ。特に後者の表現が秀逸だ。主人公の心情を、体温まで含め、伝えるのだ。

タイトルの「inside you」が何を意味するのか分かったとき、我々は確かにこの歌を受け取っている。いわゆる“あなたの瞳のなかには私以外の別のヒトがいる”系の悲恋ソングであり、終盤の盛り上がりどころでは、バイリンガルではなく英語が支配する歌となる。ここでどんどん感情が満ちていき、歌の余韻も英語になる。

在り来たりにならない表現の工夫

 この作品が2019年だが、ポップ・ソングとしての聴き易さと印象深さが、さらに高まったのが昨年の「Ordinary days」だろう。大ヒット・ドラマ『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』の主題歌だったので、裾野の広い人達の耳へも届いていった。

こちらは(Maybeという単語のみ出てくるが)日本語の歌詞である。彼女の作詞家としての実力が、「inside you」とは別の意味で試されるが、ここでもセンスの良さを感じさせる。

この歌は、普通に受け取れば男性言葉で書かれた作品と言える。ただ、主人公の揺るがぬ想い、それをキリリと伝えるため、敢えてこの手法が取られたとも解釈できる。とはいえ、使っている言葉は素直なものばかりである。使い方が工夫されている。

冒頭に[悲劇よりも 喜劇よりも]というフレーズが出てくるが、ここまで大きく振りかざすと、どんな言葉で受けるのかハラハラした。

その先に[奇跡のような当たり前]という表現が出てくる。上手に受けたといえる。“悲劇”“喜劇”という目立つ言葉を、いったん“奇跡”という強い言葉で受け止めつつ一番言いたいことへと流し込んでいる。楽曲タイトル「Ordinary days」にも掛かっている部分だ。

数多くのソングライター達が挑んできた、“日常こそが愛しい”というテーマを、彼女なりの表現で書き切ることが出来ている。

[歌って 転んで 傷も数えてないけど]のところも、さり気ないけど味わい深い。僕はとても好きだ。転ぶなら、その前にくるのは歩いたり走ったりだろうが、ここでは[歌って]となっている。

これは文字通り“歌をうたう”という意味というより、精一杯に生きてきた状態を、そう表現しているのだ。このあたりの言葉の選択もセンスがいい。

歌唱力と作品性の一致がもたらす可能性

 もう一曲紹介したい。NHKウィンタースポーツ・テーマソングとなった「Fly High」である。作品もそうだが、彼女の伸びやかな歌声が実に魅力的だ。そもそも表現のキャパが大きい。先へ先へ、境界線などないほどに声が届いていく。気持ちいい。彼女の声を浴びている、その状態そのものが心地よい。このままずっと、歌が終わらないで欲しいとさえ願ってしまう。

こちらはふたたびバイリンガルな歌詞となっている。ウィンタースポーツのテーマということもあり“Fly High”なのかもしれないが、アスリートにとって一番大切なキーワードも、ちゃんと盛り込まれた歌詞になっている。

その言葉とは[飽きずイメージ]のイメージだ。アスリートに限らず、我々の日常生活においても、まずイメージすることで体もついてくる。精神の“Fly High”も実現するのだ。

もうひとつ、この歌には特徴的かつ大胆な表現がある。[5度上を狙う メロディーに向かい]である。ここでいきなり、音楽(理論)的なことが出てくる。内輪の話といえばそうなのだが、敢えてそれを歌詞の表現として採用しているのが特徴的かつ大胆だ。

ボーカリストとしてのポテンシャルは既に申し分ないmiletだが、本コラムとしては、ソングライターとしての更なる躍進にも期待したいところだ。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

2020年に上梓させていただいた『Mr.Children 道標の歌』という本が、なんと中国語に翻訳され、台湾の聯経出版社さんから出して頂けることとなった。現地での発売日は5月10日。まさか自分の本が他の言語圏の方々へ届くなんて想像していなかった。嬉しい!もちろんこれ、彼らが台湾でのライブを成功させ、多くのファンがいらっしゃるからこそ実現したことだろう。もうこうなったら英語やスペイン語をはじめ様々な言語に訳して頂き、Mr.Childrenには世界ツアーをして欲しくもなった。益々グローバルな世の中になっている。こんなこと書いても、けして笑われないだろう。