第139回 羊文学
 新年最初のご紹介は羊文学。ライブハウスで研鑽(けんさん)を積み、徐々に、確かに、支持を増やし、4月には横浜アリーナ公演が控える注目のバンドだ。

編成は、ロック・バンドの究極とも称されるドラム・ベース・ギターのスリーピース。もちろんライブでの演奏力が魅力だが、今後は音源のみに触れる人の数も急増するはず。ますます作品性が注目される年となるだろう。なお、曲はメンバーでボーカル・ギターの塩塚モエカが書いている。

歌詞の前に少し書かせて欲しい。羊文学というのは、ここ最近、もっとも感動したグループ名だ。歌詞のことばかり書くと「オンガクはブンガクじゃない!」なんて指摘も受けるが、それを逆手にとって、しかも我々に、イメージの拡がりを提供してくれる名前だ。

photo_01です。 2020年2月5日発売
恋の終わりの描き方も実に塩塚ブンガク

 さて本題。最初に選んだのは「恋なんて」。タイトルからして、破局の歌かなと思って聴いてみると、大方そのような内容だ。しかし新鮮な表現のオンパレードなのである。

統計を取ったわけじゃないが、全世界に存在する歌の大半は恋の歌。このジャンルで個性を出せるかどうかで歌の表現者として格も決まる。何が言いたいのかというと、羊文学はいい線いってる、ということだ。

この歌の場合、相手から告げられたとおぼしきは、この言葉。[もういらない]。しかしそれは嘘の可能性が高く、こんど主人公が相手に告げるのが[あなたもういらないよ]である。

注目は、気持ちが醒めたあと相手に告げる台詞を「いらない」としている点。言葉としてはスーパードライ。確かに恋もアッチッチな時は、相手が自分の「もの」だと感じたりする。なので「いる」「いらない」という判断は当を得ている。

破局後に、相手の私物を処分するというのはよく失恋ソングに出てくるシーンだが、この歌では、相手のTシャツをゴミ箱に放り投げたが外してしまい、[しばらくとっておこうか]と結論づける。

その手前に実に常套表現の歯ブラシのくだりが出てくるので、いっそうこの部分を新鮮に感じる。

でも、一般的な家のゴミ箱に離れたところからTシャツを投げても、すっぽり中に収まる可能性は低い(シャツを固結びしてから投げない限り)。

この歌の主人公は、最初から“外そうとして投げたのでは”、なんて邪推も成立する。ていうことは、主人公の本心は、最初から…。

photo_01です。 2020年12月9日発売
ステージに立つ側目線から描く「ロックスター」

 2曲目は「ロックスター」という作品を。この歌詞も非常にいいなぁと感じた。週刊誌っぽい表現でいうならば“ロックスターの内情を描いたもの”である。いやホント、こう書くと安っぽくなってしまうが。

もともとロックという音楽、さほど力をいれずにギターをストロークしただけでもジャガガ~~ンと大音響が得られることを基本としている。様々なことを、アンプが増幅してくれる。それは、このジャンルの音楽に関わるすべての人間の気持ちをも増幅させる。何でも出来そうな気分になる。しかし弊害も…。

例えば“ロックスター”は、ステージ上の“増幅された自分”、なんでも出来そうなスーパースターな自分と、ステージを降りた後の“生身の自分”との落差に苛まれることにもなる。

大きくバランスを失い、破滅してしまうことすらある。なんかそのへんの悲しみを、[本当は怖いよって泣いている]の一行で、この歌は表現しているのではないかとも思う。そしてこういう目線は、同じ音楽をやる側ゆえに描けたことなのではなかろうか。

photo_01です。 2023年9月1日配信
歌詞のコラムとしては避けて通れない名曲を最後に

それは最近の作品「more than words」だ。TVアニメ『呪術廻戦』「渋谷事変」のエンディング・テーマとなったこともあり、既に幅広いポピュラリティを獲得している。

歌詞のなかで、まず印象的なのは[グルグルグルする]だ。通常よく目にする“グルグルする”だと、例えば主人公が優柔不断だったりと、ややネガティヴに使われがちだ。でもこの歌はちょっと違う。“グルグルグルする”となると、答えを見つけるべく、様々な想いを高速回転させてるポジティヴなイメージで届くのだ。

ところでこの歌、誰が誰に向けて歌っているのかを解読しながら聞くと興味深い。まず冒頭に[彼が言った言葉]とあるので、言われたのはもちろん「私」だろう。そのあとの[もがいているんでしょう?]という問いかけ。これは、自分自身に向けての言葉と解釈するのが良さそうだ。

そこで問題となるのは、[ just be by your side ]と[give you more than words]の英語詞の部分だ。これはいったい、誰が誰に告げた言葉だろうか。あくまで歌の主人公の自分が、冒頭に出てきた「彼」に言ったのなら、比較的ストレートなラブ・ソングとして捉えることができるだろう。

でも、これも実は、第三者(またはもう一人の自分、さらには天の声みたいな存在)が自分に言ったものだとすると、歌の印象が変化する。

解釈は聴く人の自由だけど、僕はこの英語の部分は、もう一人の自分が主人公に言ってあげた言葉だと解釈してみることにした。それをもとにして勝手に考えた後日談はこうである。

この歌の終盤部分はハッピーエンドの物語、ということにしておこう。上手に自分の気持ちを伝えられなかった主人公は、もう一人の自分から言われたことをヒントに、表面的な言葉じゃない、まさに“more than words”な境地へ辿り着く。そしてついに、自分の真摯な想いを「彼」に伝え、[ just be by your side ]という、愛に溢れた行動をとる。 [we can head to freedom]は、さらに相手と足並み揃えた行動だ。そしてそして、[何にも怖くないわ]とまで呟くのだった。めでたしめでたし。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

年明け早々大変なことが続く2024年の幕開けとなってしまったが、個人的には、昨年の暮れの大掃除から続く、よい流れに乗り一年のスタートを切れた。その大掃除だが、長年ずっと住居の片隅に放置していた不要物を、粗大ゴミで出すことがメインだった。おそらく、その場所が運気をせき止めていたのではなかろうか。それ以来、住空間も気分も、すこぶる好転し始めたのだった。