第75回 忌野清志郎「君が僕を知ってる」
photo_01です。 1980年1月21日発売
 生前、忌野清志郎には何度も取材でお世話になった。レコーディング中のロンドンを訪ね、スタジオでチキン・カレーのご相伴にあずかったことなど、実に楽しい想い出である。

そういえば、「キヨシローさんて、普段はどういうヒトだったんですか?」と、若い人から訊かれることもある。プライベートでの付き合いはなかったから、普段のことは分からない。でも、どういうヒトだったかは分かる。

「知ったかぶりをしないヒト」だった。

 そう。まさにそう。例えばこんなエピソード…。取材というのは、現場に担当編集者が同行する。その編集者が、「なんたらのケミカルがどうの…」と、そう彼に話しかけたときだった。清志郎は、「ケミカルって、こういう意味ですかね?」と、即座に確かめた。

もし僕なら、だいたい意味が分かる言葉なら、確かめず会話を続けただろう。むしろ確かめることは恥ずかしい。でも、大人になるにつれ僕のような人間が増えるから、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という言葉も生まれたのだ。

彼は違ったのである。特別トーンを変えることなく、さも当然のように、相手に訊ね返した。でも、日々のこんな態度が、名曲達を生んだといっても過言じゃない。それが自ずと、脇目をせず、核心をつく歌になったのだ。言葉に余計な脂肪分がないから、長く聴いても飽きないものになったのである(“脂肪分”に関しては、シンプルな言葉から構成された、洋楽の歌詞からの影響でもある)。

ベイビー「君が僕を知ってる」を知ってるかい?

 さて今月は、RCサクセションの「君が僕を知ってる」を取り上げたい。作詞・作曲は忌野清志郎である。知らない人は、この機会にぜひ聴いて欲しい。ポップ・ソングの大半は、いわゆる“ラブ・ソング”だろうけど、相手(彼女)に対して全幅の信頼を寄せる、ということにおいて、この歌に勝るものはない。

[何から何まで][僕の事すべて][上から下まで]、[君]は僕のことを[わかっていてくれる]と、そう歌いかけているのだ。迷いは一切ない。この愛は、徹底してる。相手に全幅の信頼どころか、相手に母性すら感じ、包まれるかのようだ。

ファンとの交流が生んだ名曲

 忌野清志郎のRCサクセションにおける活動は、高校生の頃にスタートしている。学生でありながら、彼はその時、すでに“プロ”でもあった。このバンドはとても個性的であり、でもそういう人達に限って、普通の人気者では飽き足らない、熱心なファンがつく。

彼が通っていたのは、東京都とはいえ田畑も多い、のどかな日野市の高校であった。生徒達も、都会の人間ほどスレてない。でも、初期のRCサクセションのファンには、都心のマセた女子高生たちも居たのである。

そんなグループの一人と、付き合ったりもしたらしい。その女の子は、清志郎いわく、「ワルいことをカッコいいと思ってやっていた」(以下、発言は『鳩よ!』1987年3月号の筆者の取材記事より)という。彼自身は学校の落ちこぼれだったが、それはワルとはちょっと違って、あくまで自然の成り行きだった。ところがその女の子は、自発的にそうしてたので、ワルいことにも興味を持ち始めていた彼は、憧れたのだ。

高校時代の清志郎は、中央線に乗り、新宿あたりまでなら自力で出かけていた。しかし、その女の子と交流するようになると、原宿あたりにも出向くようになる。そこで彼女が買うファッションは、日野の純朴な高校生には眩しすぎるものだったという。

「君が僕を知っている」は、忌野清志郎いわく、「そのころのことを歌ったもの」なのだ。それを知った上で再び聴くと、“違って聞こえる”から面白い。

「君が僕を知ってる」というタイトル自体、当時の事実に照らし合わせるなら、当時の相手にしてみたら、“僕の事などお見通し”ってことだろう。様々なことを、“君が僕に教えてくれた”ということでもあった。

いきなり掴まれる冒頭部分

 この歌は、いきなり冒頭から、胸がギュッと掴まれる。[今までしてきた悪い事]という、そんな表現が出てくるからだ。実際には、当時の彼が憧れた、ちょっと背伸びした遊びや社交などのことだろうけど、歌を聴いただけだと、犯罪行為にも受け取れて、しかも捕まって報道され[有名になっても]、みたいな、そんなストーリーも連想できる。その後の展開に対して、効果抜群の冒頭でもある。そんな主人公を、いかに相手が救済していくのか、興味がそそられるのだ。

でも、あくまで相手に全幅の信頼があるので、方策としてはあっけない。[僕の邪魔]という困難に対し、相手は[いい事おもいつく]ことで解決する。“いい事”が具体的に何なのかは書かれておらず、でも、だからこそ、よけいにさっきの“全幅の信頼”というものが、リアルに伝わってくるのだ。

最後はイミよりノリの話として

 「君が僕を知ってる」は、最後に何度か[わかっていてくれる]という言葉を繰り返し、終っていく。もう、ともかく最後の最後まで、この件に関しては、さっきも書いたけど、徹底している歌である。

でも歌を作るにあたり、密かにこだわったのが、この繰り返しだったのではなかろうか。さらに細かく言うなら、[わかって]の“か”を破裂音ぽく攻撃的に発音することに…。

“♪わカッてくれる~”と、ここ強調すると、なんとも彼が敬愛したリズム&ブルースっぽい雰囲気になるのである。歌ってても、実にカタルシスを感じる。もしカラオケでトライするなら、ぜひここをポイントとして欲しい。

今回は「君が僕を知ってる」を紹介したけど、他にも忌野清志郎の作品には、取り上げたいものが山ほどある。彼のことを過激だというヒトもいるが、それが目的だったわけじゃない。信念をや大義を貫こうとしたら、たまたま世の中と、時には摩擦が起こっただけのことだ。そこだけ取り上げると、この偉大なソング・ライターを、誤解することにもなる。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。でも新たな才能は、今日も産声をあげます。そんな彼らと巡り会えれば、己の感性も更新され続けるのです。
東京ドームで様々なコンサートを観てきたけど、先日のback numberには、特筆すべきものがあった。通常、ここでやるとなると、巨大な空間をどう演出するか、ということに意識が向く。しかし彼らの場合、これから伝わっていく「歌」のために、どう空間を空間のまま用意するか、みたいな部分があったのだ。そして3人は、自分達を信じて、揺るぎなく、全うした。音楽の反応には顕在的なもの(拍手や歓声)があるいっぽう、潜在的(歌が心に染みていく)なものもある。なので後者に賭けるのは、勇気がいることなのだ。もちろん、お馴染みの盛り上がり系の楽曲は、キャパの大きさに正比例し、巨大な熱量を生み出したのだった。