Q)最初からカヴァーアルバムにしようというコンセプトだったのですか?
いえ、違います。今年は、ソロ25周年っていうアニバーサリーイヤーなんで、去年の秋ごろから、鈴木雅之フリークの人たちに、どんな音楽のギフトを贈れるかなってことを考えていたんです。最初は、「やっぱりそれはオリジナルアルバムだろう」って思っていて、これまでのドラマの主題歌やコマーシャルソングになった曲にオリジナルを加えて、それが、25周年アルバムになっていくだろうなって思っていたんです。
Q)それが、どうしてカヴァーアルバムになったのですか?
今年に入ってから、長年、一緒にやっていたスタッフのお父さんが亡くなったりとか、知り合いのイベンターの同い年の社長が亡くなったりとか、そういう辛い思いをすることが重なったんですよ。その時に、はたして、このままの企画で、自分が今届けたいものが伝わるのかなって思ったのね。ラブソングって、「出会いと別れ」をテーマにしているわけだけど、究極の別れは「死」ですからね。歳を重ねれば、よりそんな場面に出会うことも多くなるし、自分の歌うラブソングを、男女の間のことだけじゃなくて、人間愛みたいなとこまで広げられるようなものにしたいと思ったんですよ。
そう考えていた矢先に、今度は、3.11の震災が起こって、より大きな意味をもつようになりました。本当に人生観が変わるような出来事だったわけだからね。もう一度、日本に昔からある情緒とか人と人との絆とかを、再確認するとか再発見するみたいな意味合いを込めると、もしかしたら、日本語によるカヴァーがいいんじゃないか、人々に長く愛されている曲を歌うことなんじゃないかなと考えました。震災の被災地の人たちに対しては、とくにね。
3月の時には、本当に無力感だけで、なにしろ言葉より何より物資っていう状況でしたから、「音楽って、こういう時には本当に無力かもしれない」って思っていたんだけど、でも、復興の足音とかが聞こえてくる頃には、必ず音楽って必要になるって信じた時に、カヴァーアルバムにしようと思いましたね。とにかく、多くの人の人生のワンシーンに入り込んでいる歌を、今だから歌いたいと思ったんですよ。
Q)オーケストラの演奏がとても柔らかく、あたたかい雰囲気を作っていますね。
カヴァーアルバムって、ここ最近、いろんなアーティストがこぞって出しているじゃないですか。やっぱり、名曲ばかりをカヴァーするわけですから、それぞれ、みんな、その人なりの色に染め上げるってアプローチで作ってきていると思うんですね。もちろん、自分もそうなんですけど、でもオレの場合、それプラス、今回、サウンドプロデューサーに服部隆之を起用して、全編オーケストラをバックに歌うこと、そこに重きを置いているところがあったんだよね。より自分らしいカヴァーアルバムにするために、全編、オーケストラで歌ってみようって思ったんです。よく言うんですけど、ラブソングって「5分間のショートラブストーリー」じゃないですか。そのラブストーリーに、オーケストレーションを加えることによって、映画音楽のようにゴージャスなものに出来ればっていう想いが大前提にありましたから。だから、サントラ盤を作るような気持ちで作りましたね。
Q)オーケストラで歌うということも、その時に考えられたのですか?
今、音楽はデジタル化してるから、コンピューターでいくらでもオーケストラっぽいことは出来るんだけど、あえて、生のオーケストラで、一発録りみたいなとてもアナログ的な録音の方法でやりたかったんですよ。譜面では書けないようなオーケストラの演奏があって、そういう手造りの音、ヒューマンなものを入れて音楽を届けたいって想いにかられたんだよね。どこまでも暖かく、言ってみれば人肌のぬくもりで包み込めるように。それには、「服部隆之が必要だ」って、すぐに彼が思い浮かんだんだよね。
Q)今回、全曲オーケストラアレンジをされている服部隆之さんのおじいさんにあたる、服部良一さん作曲の「ヘイヘイブギ」も歌われていますが、そもそも服部隆之さんとはお知り合いだったのですか?
いや、隆之とは今回初めてです。もともと、お父さんの服部克久さんとは、ずっと仕事をさせてもらっていたんです。プロデュースされているステージにヴォーカリストとして呼んでもらったりもしていて、オーケストラで歌うことを経験させてもらいましたね。「オーケストラっていいでしょ!」「やっぱりヴォーカリストはオーケストラで歌うのがいいでしょ!」って、ずっと言われてるような気がしてて(笑)。
でも、隆之がやっていた音楽はずっと注目していたんです。たとえば、テレビドラマの「華麗なる一族」「のだめカンタービレ」「HERO」などの作品から聴こえてくるオーケストレーションは、本当にストーリーをドラマティックにするんだよね。それで、この人はスゴイ人だなって思ってましたね。服部良一さんの曲を孫がアレンジするなんてこともね、25周年だからこそトライすべきじゃないかって思いましたし、日本のどこかで続いているそんな親子3代のヒストリーが入っているなんて、シャレてるでしょ。
Q)オーケストラでやってみてどうでしたか?
映画は、たとえば2時間の中で展開していって完結するわけですけど、ラブソングは、その短い中で、出会いがあったりとか、別れがあったりとかして、完結させているわけじゃないですか。その、たった5分間に凝縮させるには、本当にいい詞といいメロディとともに、アレンジが重要だと思うんです。アレンジ次第で、よりダイナミックに、よりドラマティックになると思うんです。だから、今回、オーケストラをバックに歌うことによって、ひとりのヴォーカリストとして、自分自身も服部隆之さんのタクトに振られて、まるでメロディを奏でるミュージシャンのように、その瞬間にいることができたんです。それは、もしかすると、原点を再確認するような作業だったと今は感じています。
Q)ご自身も「服部隆之さんのタクトに振られて歌われた」というのは面白いですね…
隆之のタクトって独特なんですよね。タクトは、普通ひじから振るらしいんですけど、彼は、すごく手首を使うんですよ。クラッシック界では邪道らしいんですけど、でも、オレは、その手首の繊細さが、歌っててすごく心地良かったんですよ。それに、何よりもセクシーな感じなんだよね…、隆之の手元が(笑)。フルオーケストラとなると大所帯ですから、道しるべは、隆之のタクトだけなんですよね。だけど、彼に言わせると、自分がその道しるべを出しているんだけど、鈴木雅之のその歌に、オーケストラの人たちが自分が書いた譜面とは違う形で歌に乗っかっていく瞬間、うねるのが見えた時に、やっぱりヴォーカリストなんだなって思ったって言ってくれて、嬉しかったですね。
Q)録音は、DVDに収録されているような一発録りで録られた曲もあるのですか?
そうです。一発録りで録っているものもあります。基本は全て一緒に歌っています。中には、ベーシックにフォーリズムから録っていって、そこにブラスを加えたりといった曲もありますけど、でも、最初にバンドと一緒に、必ず歌っていましたから、オケだけ先に録ってから歌をかぶせるってことはしませんでしたね。それをやると、グルーヴが違ってしまいますからね。歌いながら、隆之とアレンジを付け加えていったりもしました。
Q)本当に、昔ながらの録音の仕方、作り方なんですね…
そうですね。今は、そういうレコーディングは皆無でしょ。いろんな意味での原点を、もう一度、確認することができたような気もしましたね。それも、また25周年の発見、DISCOVERかなって思いましたね。
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