わかりあうことを諦めない…。とことん“ヒロアカ”を読み込んで生まれた最新作!

 2024年6月12日に“Omoinotake”がニューシングル「蕾」をリリースしました。タイトル曲は、TVアニメ『僕のヒーローアカデミア』第7期のエンディングテーマとして書き下ろされた楽曲。さらにカップリング「Ruler」は、ヒロアカの“敵(ヴィラン側)”の目線で想いを描いた楽曲となっております。今回は、作詞を手掛けているメンバーの福島智朗/エモアキ(Ba.)にインタビューを敢行。ようやく歌詞面でバンド名を体現できるようになってきた今に至るまでの作詞の軌跡。今作で向き合った、他者と“わかりあうこと”や“わかちあうこと”について。フレーズへのこだわりなどなど、歌詞トークをお楽しみください!
(取材・文 / 井出美緒)
作詞:福島智朗 作曲:藤井怜央どうしたって僕らは ひとつにはなれない
それぞれが 違う心で 生きている
だけど君の痛みに 僕の胸が泣くんだ
わかちあえなくても 寄り添わせてくれないか
並び咲く 未来 その花は 決して今を 諦めない 僕の蕾
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「もっと言葉を裸にしないとダメだな」と書いた曲が…

―― バンド名「Omoinotake」は、エモアキさんの好きな言葉である「思いの丈」に由来しているそうですね。また、歌ネットでは多くの歌詞エッセイも綴っていただいております。ご自身の思いの丈を言語化することは昔から得意だったのでしょうか。

子どもの頃から国語だけは得意科目でした。ただ、言語化といっても口頭で伝えることはむしろすごく苦手で。作文とか、文章を書くことだけが好きですね。それは読書のおかげだと思います。親から、「学校に行かなくてもいいから、読書だけはしなさい」みたいなことをよく言われていて。今思うと作詞のためにも、本をたくさん読んでおいてよかったなと。

―― 人生でいちばん最初に書いたポエムや歌詞は覚えていますか?

うーん、覚えてないなぁ。中学の頃にボーカルのレオ(藤井怜央)とバンドを始めて、その頃にはもうオリジナル曲を作っていたんですよ。そのときに書いたものが、最初の歌詞だと思うんですけど…。

―― 当時から、レオさんが作曲で、エモアキさんが作詞というスタイルでしたか?

いや、その頃は僕が曲も作っていました。当時、いわゆる「メロコア」とか「エモロック」とかが好きで。そういう英詩のバンドばかり聴いて、影響を受けていたかな。日本語で書いては、英語の先生に訳してもらって(笑)。たとえば「Cry」ってタイトルの曲とかあったんですけど、どんな内容だったかまったく覚えていない。曲になりそうな言葉をネットとかで探して、そこから着想を得て書いていた気がしますね。

―― 中学時代からオリジナル曲を作り、高校でもバンドをやって、でもまっすぐ音楽の道には行かず、東京の服飾専門学校へ進学されたんですよね(「彼方」エッセイ)。上京してから、夢の軌道修正はどのように?

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最初は強い芯があったわけでもなく、「音楽で食っていこう」なんて思えなかったんですよ。上京して1年目から、ドラゲ(冨田洋之進)とバンドのメンバー探しもしていたんですけどダメで。曲は作りつつも、「この先どうなんだろうなぁ…」と思っていた頃、結局レオも上京してきて、Omoinotakeを結成して。

そして初ライブをしたときにやっと、「もう就職しなくていい。バンドでやっていけそうだ」と思えたのがリアルなところです。やっぱり3人でやるバンドが楽しかったんですよね。

―― 結成当初から、歌詞に重きを置いて「Omoinotake」というバンドの音楽をやっていこうと決められていたのでしょうか。

最初はなんとなくだった気がします。とくに「こういうものがやりたい」という意志のもとに集まった3人ではなかったので。当時は「ピアノエモ」のジャンルをよく聴いていたから、その雰囲気でやってみようかと。レオもピアノボーカルという役割はOmoinotakeが初めてだったので、すべてが挑戦でした。活動していくなかで徐々に軸ができていった感じですね。

―― 結成から12年が経ちますが、そのあいだ、最初に「いい波が来たな」と感じたタイミングというと?

いつぐらいだろう…。長いこと本っ当にお客さんがいなかったんですよ。でも東京でいろんな時期を経て、2017年に路上ライブを始めて、そこでひとが集まるようになってきたときですかね。最初に「何者かになれそうだな」という予感がしたというか。そこに至るまで5~6年かかった。そして、バンド名である「Omoinotake」という言葉を歌詞で体現できてきたかなと思ったのが、ここ最近というか。2019年ぐらいからの話かな。

―― 活動していくなかで、歌詞もどんどん変化していったのですね。

そうですね。どちらかというと活動初期のほうが、歌詞は今に近かった気がします。でもそこから、「もうちょっと横ノリのグルーヴにしてみよう」という変化の時期に、意味より韻を重視してみたり。インディーズの1stフルアルバムとか、そこからEP2枚くらいは、わりと音重視の頭になっていました。それが2019年に「惑星」という曲を出したとき、ガラッと変えたので。作詞面でもいろんな時期があったと思います。

―― 「惑星」で歌詞をガラッと変えたのには、どんなきっかけがあったのでしょうか。

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今でも「踊れて泣ける」楽曲というのはひとつテーマなんですけど、路上ライブではよりお客さんが踊れるものを意識していたんです。でも当時、Suchmosからなるシティーポップのブームがあって、他にもそれだけで強いバンドがたくさんいて、正直、「僕らは踊れるだけでは勝てないんだろうな」と思ったから。そして同時に、「もっと言葉を裸にしないとダメだな」と。で、裸にして書いた曲が「惑星」なんですよね。

あと、歌詞面での転機でいうともうひとつ。ようやくワンマンツアーがソールドアウトするようになってきた頃に、コロナ禍が来たんですね。そのときに書いた「One Day」という曲では、韻を重視していた頃の自分と、伝えたいメッセージがある自分がうまく混ざり合ったんですよ。そのとき、どんな時期も無駄じゃなかったんだなと思えましたね。

―― これまで書いていただいた歌詞エッセイを読むと、歌詞の根っこにはかなり記憶が鮮明なエモアキさんの実体験があることがわかります。でも、歌の主人公像とレオさんの歌声もすごくマッチしていて。それは作詞の際、主人公像をレオさんのお人柄や歌声に合うようにしているのですか?

いや、それはもうレオの技術だと思いますね。昔より確実に、格段に、表現力が増しているし。カメレオン的というか、歌詞に寄り添えるひとなんですよ。ひと言で括れない歌声です。あと僕らはずっと昔から友だちだし、聴いてきたバンドも一緒だったりするからこそ、言葉にはしないけれど共有し合っているルールがたくさんある気がしていて。たとえば、わかりやすいものだと、歌のなかで<俺>とは言わないとか。

―― きっと「Omoinotake」の3人で作り上げてきた主人公がいるんですね。

あ、いいこと言ってくださいました。まさにそうなんだと思います。初期の頃は、「レオが歌うなら…」とか考えたりしていたんですけど、今はもう無意識のうちに僕ららしい主人公を書いているというか。どの曲の主人公も、決して心の強いひとではないだろうし。

―― キラキラハッピーなひとでもなさそうですし。

そう、うつむきがち(笑)。不器用、恋が下手すぎ、不幸な恋をしがち。本当に内向的で、他者より自分自身と喋っているようなやつだと思います。一応、曲調に合わせてはいるんですけど、あくまでベースには僕の実体験があるので、まぁめちゃくちゃ前向きな主人公は存在しないですね。1stアルバムにはもう少しキラキラしたやつがいたはずなんだけどな…。

―― 10代の頃はご自身もキラキラなさっていたとか?

いや、若い頃から僕はもう暗かった(笑)。今よりもっと曲に引っ張られていたんだろうな。もっとノレるようにとか、世界観は統一されていないといけないとか。単純に、明るい曲だから明るい歌詞にしないといけないと思い込み過ぎていたんだと思います。

―― 年齢や経験を重ねるにつれ、書きたいことが変わってきた部分はありますか?

なんというか…、もう自分のためだけのものは一切書かなくなった。自分の気持ちを書かなくなったというわけではないんですけど、自分がそれを伝えたいから書くというよりは、誰かのために書いていると思います。歳を重ねると、あまり自分のために生きなくなってくるじゃないですか。そういうところが理由なのか…難しいな。

―― 「Omoinotake」という存在がどんどん大きくなっているから、というのもあるかもしれませんね。

それはたしかにあります。このバンドで今さら、僕が昔の彼女を強引に思い出して書くのも、なんか違う。今は「どういうひとに届くのか」というところをものすごく考えて、歌詞を書くようになっているなと感じますね。もとには実体験があるし、その歌の主人公の気持ちを書いているんだけど、何よりその先にいる聴き手の存在を想像するようになった。そこが歌詞面での大きな変化かもしれません。

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