“自分が考える自分像”から解き放たれた、色とりどりな初のソロアルバム!

 2024年6月4日に、ももいろクローバーZの“玉井詩織”が初のソロアルバム『colorS』をリリース。2022年、月ごとに12シーンの自身の待ち受け画像をファンクラブサイトにて公開。そして翌年、その画像をもとに12曲の新曲が作られ、12ヶ月連続配信リリース。今作には、その全12曲に加えて、新曲「Shape」とボーナストラック3曲が収録されております。インタビューでは、自身で作詞を手掛けた「Sepia」のお話を中心に、今作についてお伺いしました。以前は「ソロ活動は似合わない」と、自分で自分を閉じ込めていたという彼女。そんな自分像から解き放たれて、見えた世界、気づいた楽しさとは…。音楽にまつわる玉井詩織の軌跡も、今作と併せてお楽しみください。
(取材・文 / 井出美緒)
Sepia作詞:玉井詩織 作曲:Mitsu.J退屈だった この日々も キミがいれば 違く思えた
今はまるで色をなくした 写真みたいだ
まっさらな 心のパレットに 色をくれた あの日の出会い
胸にしまい 優しく想うの 寂しく思うの
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自分の名前に「詩」が入っていることを改めて嬉しく思います。

―― 詩織さんが人生で最初に、音楽に心を動かされた記憶というと?

最初というと難しいですねぇ…。昔からピアノとかは習っていたのですが、すごく音楽好きな家庭で育ったわけではなくて。家でいつも曲を聴いているとか、小さい頃からライブに行っていたとか、そういう経験はないんですよ。

でも、物心がついた頃、初めて好きになったという意味ではモーニング娘。さんだったと思います。自分から進んで曲を聴いたり、一緒に踊ってみたりしていました。もともと「アイドルになりたい」という願望があった子どもではなかったんですけど、歌ったり踊ったりすることの楽しさとか、そのパワーをみんなに届けられることの魅力を、モーニング娘。さんに教えてもらいましたね。

―― 詩織さんは常に明るいイメージがありますが、それは子どもの頃からでしょうか。

そうですね(笑)。明るいしとにかく活発。外で遊ぶのが大好きでした。とくに兄とその男友だちとよく遊んでいて。学校の休み時間も、ドッジボールしたり、一輪車をしたり、竹馬をしたり、絶対に外に出て遊ぶ。そういう子ども時代だったからか、ものすごく何かに悩んで落ち込み続けたり、ずーっと泣いてくよくよしていたり、という記憶があまりないかもしれません。

―― 一方で、中学時代に百人一首大会で学年1位になられたり、高校時代にご自身の絵がNHKハート展に展示されたり、といった経験もあるそうですね。言葉や表現もお好きだったのですか?

言われてみると、たしかに…。私、名前に「詩」という漢字が入っているじゃないですか。で、小学校のとき、「自分の名前の由来を親に聞いてくる」みたいな課題があって。両親に聞いてみたらその当時は、「詩(うた)を織るように、言葉を伝えて、ひとに優しくする子になってほしい」という思いが由来だと言われて。私はそれがすごく印象的で、自分のなかでどこか“詩(ポエム)”というのが大事になったんですよ。

photo_01です。

だから当時は、自分のメールアドレスに「poem」と入れたりしたときもありました(笑)。小学生のときから、ちょっとしたポエムを書いてみたり。授業中に「雨…」みたいな感じで。今思うと、親が大事につけてくれた名前の由来だからと思って、「言葉」というものは意識していたのかもしれません。ただ後々、実はサザンオールスターズさんの「栞のテーマ」が名前の由来だったとバラされました(笑)。

―― でも本当に「詩を織る」と書いて「詩織」って素敵な名前ですね。

ありがとうございます。自分でも気に入っているんです。本来の由来は違ったとしても、影響を受けましたし。絵を書くとか、お菓子作りとか、図工の授業とか、自分で何かを生み出すことが子どもながらに好きだったことにも、繋がっているのかもしれません。不思議なことに今、こうやって歌や言葉に深く関わるお仕事をさせていただいていて。自分の名前に「詩」が入っていることを改めて嬉しく思います。

―― では、いちばん最初に「歌詞」を書いたのはいつ頃ですか?

中学生になる直前かな。ももいろクローバーの曲を作るというタイミングですね。当時、「作詞はメンバーでやりたい」ということで宿題を出されたんですよ。でも、“詩(ポエム)”を意識していた子だったはずなのに、外に向けた「歌詞」とはどういうものなのかまったくわからず。私が最初に書いたフレーズは、「中学生になったら、英語の授業を頑張ろう!」みたいな自分の勝手な目標でした(笑)。

―― 可愛いですね(笑)。

その宿題をメンバーそれぞれ発表したんですけど、みんなのフレーズと比べてやっと、「これじゃグループの歌じゃなくて、私の歌だ」って気づきました(笑)。結果、上手に書けていた子のフレーズがサビに採用されて。「じゃあこのサビに繋がるように、自分の歌うパートは自分で考えましょう」となって。これはもうちょっと考えなきゃな…と。

それが「あの空へ向かって」という楽曲ですね。そして、その1番Aメロ<陽だまり大きな太陽 ずっと上から見てる 青空の下で君と 2人の時間過ごす>というフレーズが、私が初めてちゃんと作品として意識して書いた歌詞です。

―― 玉井詩織としてのソロ活動は、いつ頃から「やってみたい」と思い始めていたのでしょうか。

正直、「ソロ活動をやってみたい」とも少し違って…。私は小学4年生のときに事務所に入って、今年19年目で。最初はわけもわからず、習い事のひとつのような感覚だったんです。でも、こうして長い間、お仕事をさせていただいていると、やっぱりももクロの活動を始め、すべてが表現に繋がるんだなと。自分で表現すること、自分で何かを生み出すことが評価される世界なんだなと、徐々に気づいていって。

とはいえ、「自分にはそんな表現はできない」とずっと思っていたので、すぐ行動には移せずにいました。それが少し変わり始めたのは、25歳を超えたあたりからですかね。このお仕事をしている同世代の子たちは、もっと自立していて、自分から何かを発信したり、生み出したりが当たり前で。その姿を見ているうちに、「私もアクションを起こして、1歩を踏み出せたら」という思いが芽生え始めた気がします。

―― ももクロのときの詩織さんと、ソロのときの詩織さんのマインドは少し違いますか?

そうですねぇ…。最近は少し慣れてきたんですけど、たとえばひとりでバラエティー番組に出させていただくときなんかは、いつも隣にいる仲間がいないからすごく不安で。いろんな面で、自分自身の力のなさをより実感して凹んだりすることは多いかもしれません。

でも、歌の面で言うと、そんなに大きく変わらない気がします。ももクロはグループなので、「語尾をそろえる」とか「ユニゾンのときはしゃくらない」とかどうしてもそういう制限はあって。一方、ソロのレコーディングでは、表現の幅とか自由度の大きさを感じることはあります。ただ、いただいた楽曲を自分なりにかみ砕いて歌う、という点はグループでもソロでも同じかなと思いますね。

―― ソロのほうが、曲の主人公により感情移入してしまう、というようなこともありませんか?

あ、たしかにそれは少しあるかも…。まず、ももクロ楽曲とソロ楽曲では、歌詞のテイストがまったく違って。ももクロ楽曲の場合は、わりと非現実的で壮大な世界観が描かれていることが多いんです。だから、思いをはせるというより、歌うのに必死で(笑)。そういう意味だと、ソロ楽曲のほうがより現実的で、感情が乗せやすいし、共感しながら聴いてくださる方も多いのかなと思いますね。

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