―― アルバムタイトルの『kibi』というワードにはどのようにたどり着いたのですか?
「そろそろタイトルを決めてください」と言われ、いろんなアイデアが出たんです。アルバムは『note』『name』とローマ字の4文字が続いていたので、統一しようかなと探していたんですが、なかなかピンとくるワードがなくて。でも、できあがった楽曲たちを聴いたとき、すごく繊細で、予測のできない細かい揺れがあるなと感じたんです。そこで「機微」という言葉が浮かび、「あ、ローマ字にすると4文字だ!」と決まりました。
―― 「機微」という言葉が浮かぶような楽曲たちが揃ったということは、今までは自分のことをあまり考えなかった萌音さんが、何か自身の心とじっくり向き合うようなきっかけがあったということでしょうか。
そうなんです。大学を卒業して、余暇というものができたんですよ。今まで生きてきたなかで、仕事と勉強以外の自分の時間って、あまりなくて。「もう課題はありません。何でも考えていいです」となったとき、ようやく自分のことを考える時間ができました。
―― その期間は何もせず、とにかく休んでいたのですか?
はい、機微の日々でした(笑)。今までは、ちょっとネガティブな思考になりそうだったら、「課題でもやろう」って何かするべきことがあったわけです。でもそれがなくなって。ただボーっとしようと思っても、とにかく考えちゃう。これから先のことを心配したり、これまでのことを後悔したり。何のためでもなく、自分のためだけに時間があるとなって初めて、自分と膝を突き合わせて向き合うという、ずっと避けてきたことをしました。
―― だからこそ、今回のアルバムでは萌音さんが作詞に参加されている楽曲が多いのかもしれませんね。
余暇があったからこそ生まれた言葉はたくさんあります。課題がない分ゆとりができて、歌詞を書く時間もできましたし。もしかしたらこの先、あれだけ自分のことをじっくり考えるタイミングはないのかもしれないし。逆に、よりそういう時間が増えていって、それが年を重ねていくということなのかもしれない。そんなことも考えたりしました。
―― ご自身が作詞に携わった楽曲で、とくに思い入れの強い歌詞を挙げるとすると?
「hiker」です。唯一、私ひとりで作詞を手掛けたんですが、まさに歌詞の通り、一睡もできない夜に書きました。舞台の海外公演があって、短い期間で日本と行ったり来たりしていたんです。そうしたらある夜、時差ボケと生理前のメンタル不調で眠れず、本当に悲しくなってしまったときがあって。しかもそのとき地方のホテルに泊まっていて、住み慣れた環境でもないし、散歩するにも遅すぎて。「どうしよう…あ、歌詞を書こう」って。
―― 「今、外に行けたらいいのに」という気持ちが、サビの<だけどこうやって歩くのも悪くないなって あなたが眠った後の街で>というフレーズに通じているのですね。
そうです。「とにかくどこかに行きたい!」みたいな。第一稿は本当に救いようのない、ひとりぼっちの歌詞だったんです。だから「誰かいてくれたらいいのに」という気持ちも込めて、仮で<あなた>という同居人を想像して、そこから歌詞をどんどん変えていきました。
―― 「hiker」をはじめ、今回のアルバム収録曲は全体的に“自己肯定力”を支えてくれるなと感じました。それは「強い自信を持つ」というより、“<どこに行ったって私のままでいいんだって> 今は素直に思えない私だけれど、それもまあいいじゃない”というようなラフな肯定感で。
本当ですか、よかった…! そう、私は別に自己肯定感ってなくてもいいなと思っていて。むしろそれが成長の妨げになることもありますし。どちらかというと、誰かに「それでいいよ」って言ってもらえたほうが楽になれるというか。他者からの肯定のほうが救われるんです。
でも、やっぱり自力でなんとかしなきゃいけないときもある。だからこそ、戒めの気持ちと、現実をちゃんと見なきゃいけない気持ちと、それでもちょっと楽になりたい気持ちが入り混じって、“無理やり「私のままでいい」なんて言えないけれど、それでもやっていくしかないよね”という歌詞になったんだと思います。そういえば私は「Loop」の歌詞でも同じようなことを伝えようとしていました。
―― そうですね。<ここからのびる影も ゆがみさえも見つめて ぐるぐる生きる私を笑って>と。
これもすごく気持ちがぐるぐるしているときに書きました。そしてやっぱり、自分のイヤなところいっぱいあるし、かなわない理想もあるし、<全てが 間違いじゃないとは言えないけれど>、でもそれも今だよね、って言いたいんです。「hiker」も「Loop」も一切、解決はしていないんですけど、なんか…「それでも笑ってくれ!」みたいな気持ちなんです。
―― 「Loop」の<凪いだ海の美しさを そこにとどまっている雲を 繰り返す日々を ただ愛せたなら>というフレーズにも救われます。停滞や繰り返しは焦ってしまいがちですが、それさえも愛せたら素敵だなと。
前向きな「しょうがない」っていいですよね。だって、なるようにしかならないし。無責任な言葉ではなく、悩んだり、頑張って取り組んだりした上にある“今”だから。
自分を好きになれないなら、好きじゃないままでもいい。でも、たとえすべてじゃなくても、「まぁ…こういうところはいいよね」と思える小さいものが少しずつあれば、頑張れる気がするんです。だから、ちょっと投げやりかもしれない言葉で今を肯定して、誰かの気持ちも楽になったらいいなという思いで歌詞を書いた気がします。
―― また、とたさんとの共作詞「アナログ」では<僕はこのままでいるよ 君も君でいてよ>という形で、肯定をしてくれていますね。
はい、1番のサビなどは最初からとたさんが書いてくださっていて、そこに私も参加させていただきました。<君もそのままでいいよ>ってとたさんが言ってくださっている気持ちになります。よく考えると、この<そのままでいいよ>も「オーライ!」っていうより、「それでいいよ」という大らかなニュアンスを感じます。「いいよ、いいよ」っていう少しの諦めも入った、ネガポジの肯定感が好きです。
―― <僕は不器用でいるよ あとは任せてみるよ>というのも、諦めのようであり、覚悟というか、ひとつの強さだなと感じました。
私、小さい頃からよく母に言われていたことがあって。「とにかく一生懸命、やるべきことをやっていたら、流れ着いた場所が正解」って。その言葉に救われているんです。そういうマインドを教えてもらったから、「頑張ったらもう、あとは任せてみるよ」って思える。今、こうしてやりたいお仕事をしているのも、やるべきことをやってきたなかで、いろんな気づきがあったからだろうなと感じます。
―― ひとの言葉って大きいですよね。萌音さんの歌詞も、また誰かを救っていくんだろうなと思います。
そうなれば嬉しいです。この歌詞もきっと、誰かにもらった欠片たちでできているんでしょうし。そうやって、バトンをパスするように繋がっていくと思うと素敵ですよね。