ジョン・レノン「イマジン」と正反対の歌を作ったんです。

―― ここからはアルバム『HAPPY』についてさらにお伺いしていきます。まずジャケット写真のテディベア。可愛いけれど、どこか狂気めいている気がしますね。地面に落ちているし、ちょっと綿が出ているし。

これ、僕の意図通りのジャケットになったんですけど、実は僕の意図でジャケットを作ったのは初めてなんです。今までアートワークは、箭内道彦さんの“風とロック”チームにすべて委ねていて。僕がお渡しした収録曲から、「こうなりました」というデザインを見せていただいて、それに納得したり、加えて提案したりしてきました。でも今回は箭内さんが最初から、「高橋はどういうジャケットにしたい?」と訊いてくだったんですよね。

僕としては『HAPPY』というアルバムを作ったとき、言葉と相反するようなもの、「これハッピーじゃないじゃん」と思われてもいいものにしたい気持ちがあって。そこを軸に箭内さんと打ち合わせを重ねていきました。雨が降っていたり、少しみすぼらしかったり、痛々しかったりするイメージ。だけど、本物の生き物が濡れているとか、有機的になりすぎるのは強すぎる。というところで、傷んだぬいぐるみになったわけです。

―― 絶妙な哀愁感が漂っていて…。

そのために綿の出具合までリクエストしましたもん。あと、このぬいぐるみも0から作っていただいたんです。やっぱり既存のものを壊すのは、意図しない意味が生まれちゃったり、いろんな権利が絡んできたりするから(笑)。“風とロック”チームのスタッフのお母さんが、夜なべして編んでくださいました。

―― 優さんが映っていないアルバムジャケットというのも初めてですね。

そうなんです。このデザインを提案したとき、みなさん納得してくださったので、「高橋優を登場させなくていいのか」議論は発生しなかったですね。その代わり、今回はCDという形で手に取ってくださった方にのみ、ブックレットが入っているんですけど、そこに趣向を凝らしていまして。1stフルアルバム 『リアルタイム・シンガーソングライター』から聴いてくれている方だったら、「わお!」という気持ちになってもらえると思います。

―― また、今作『HAPPY』というタイトルは、前作『ReLOVE & RePEACE』と地続きのようにも感じます。すでに2年前の時点で、ご自身のなかに浮かんでいたテーマでもあったのでしょうか。

photo_01です。

意識の面でいえば、デビューしたとき、もしかしたら曲を書き始めたときからなのかもしれません。「ロックだね!」とか「イケているね!」とか、結局すべて『HAPPY』に通じるものだし、それをずっと歌ってきたはず。だけど、そういう普遍的な言葉を、あえてアルバムタイトルにしようと思ったのは、おっしゃるとおり2年前にリリースした前作『ReLOVE & RePEACE』あたりからで。

それぐらいから、「より間口を広げたい」という思いがあった気がします。振り返れば『今、そこにある明滅と群生』(2014年リリース)みたいな、他に聞いたことない長いタイトルにする時期もあったんですけど。そこが変わってきた。さらに今はその思いがより強くなって『HAPPY』にたどり着いた感覚です。ただの『HAPPY』と受け取っていただいてもいいし、「高橋ならアンハッピーも入れるだろうな」と期待していただいてもいいし。

―― 『HAPPY』=「幸せ!」というより、全曲を通じて「幸せとは?」と問われているように思いました。

まさに。2024年1月1日から地震があって。別の国では戦争が続いて。そういう不穏な空気のなか、僕にはずっと疑問がありました。テレビもスマホもSNSも、すべては我々が幸せになるためにできたものですよね? コロナ禍にマスクして自粛生活をしていたのも、幸せになるためでしたよね? でも今、どれだけのひとが「はい、そうですよ」と言えますか? って。

身体は元気だとしても、メンタルを病んでいるひとがあまりに多すぎる。そう感じることが多かった2024年の、今のタイミングだったから、「あなたは今、幸せですか?」とみんなに訊きたくなりました。もちろん「こんなに便利で恵まれた国に、生まれたことだけで幸せだという話だ」という気持ちもあるけれど…。でも、「幸せではない」と言うなら、それこそ「じゃあ、幸せとは何でしょうね?」と歌いたくなったんですよね。

―― 『HAPPY』という言葉からは、むしろ反対にある気持ちからたどり着いたアルバムテーマだったのかもしれませんね。

そうそう。ジョン・レノンの「イマジン」という楽曲あるじゃないですか。<想像してみて、ただ平和な世界を>ということを歌っている。今回、僕はそれと正反対の歌を作ったんです。逆「イマジン」を。

―― アルバムの1曲目「明日から戦争が始まるみたいだ」ですね。

明日はきっといい日になる」と歌っている自分が、「明日から戦争が始まるみたいだ」と歌うことは、皮肉と取られる可能性はあるんですけど…。でも先ほどもお話したように、大事なのはほんのちょっとの想像力だから。想像力は、僕らに最後まで残されている砦だと思うんですよ。身体を縛られても、想像だけはできる。

でも、その想像力こそが失われているな、危ないなと思うことが多くなってきて。だから「幸せ」について話すために、まず逆の想像から行ってみようと。この歌は『HAPPY』というアルバムタイトルを発表したあと、6曲書いたうちの1曲で。頭の片隅に『HAPPY』というフラッグがたなびいている状態で作ったんですよね。

―― この歌を聴いていると、いざというときに後悔することって、<さっき食べたパンの味>とか、<さっきなんて言って電話切ったんだっけ>とか、身近で具体的な出来事なんだろうなと思えてきて。そこがまたリアルで。

ちょっと即興で歌ってみようかなと思って。そうしたら僕、<明日から戦争が始まるみたいだ>って歌い出したんですよ。で、そのあと続いた言葉は、今挙げていただいたフレーズとか。さらに「いやもうとっくに始まっている国もあるよ」とか、「始まったらいつになれば終わるんだろうな」とか、できるだけたくさん書いて、残ったものが歌詞になった。つまり、1行目に「明日から戦争が始まるみたいだ」というテーマがあったら、「2行目にあなたならなんて書きますか?」という歌でもあるんですよね。

僕、こうやってお題でフレーズを書いていくことをたまにやるんです。で、「どうして俺は<明日から戦争が始まるみたいだ>って歌い出したんだろう」って考えてみたら、本当に始まりそうだと思っている自分がいるからなんですよ。そして、10年前にこの歌を歌うより、今のほうが「たしかに本当に始まるかもしれない」と思うひとが多いと思う。それって恐ろしい状況じゃないですか。

―― はい。

でも一方で、テレビで観るニュースは自分とまったく関係ない世界だと思ってしまう。その想像力のなさはもっと恐ろしい。逆に僕は勝手に、「痛い思いをしているひとが今ここにいるかもしれない…」と、ややこしい人間になりがちで。そんなひとの歌は誰も聴かない。だから、「パン屋だったら、多くの国にあるだろうし、お米よりは身近だろうな…」とか、また想像力を働かせて、できるだけいろんなひとの日常に近いものを書きました。

あと、僕はあまりラブソングを書かないんですけど、このアルバムではどこかに<愛してる>という言葉を入れたいなと。それなら「明日から戦争が始まるみたいだ」こそピッタリだなと思い、サビにしましたね。

―― 明日、失うかもしれない状況でやっと<愛してる>と迷いなく言えるのかな、とも思いました。個人的には8曲目「かくれんぼ」も近いものを感じて。「かくれんぼ」の主人公は<君>を失っていますよね。そして、もう伝えられない後悔がわかるからこそ、“聴いてくれているひと=<あなた>”にとって<大切にしたい人が いるのなら 今いるのなら>のあとの余白にメッセージが詰まっているというか。

素敵な受け取り方をしてくださってありがとうございます。もうおっしゃる通り。最後のフレーズに続くのは、「今いるそのことこそが幸せなのかもしれない」とか、それぞれにあるんだと思います。そのひとがいたことを、「幸せだった」と過去形に思わなきゃいけない瞬間、あるいはそう思わせてしまう瞬間も来るかもしれない。でも、近くにいるときこそ価値に気づけなかったりするから。<今いる>ということを大事にできたらなって。

―― この歌はどんなときに生まれたのでしょう。

かれこれ4~5年前から書きたいと思っていて、実際に書いたのは2年前なんですよ。それは歌詞にあるように、いなくなってしまったひとがいたから。僕にとって、2020年にも2022年にもそういうことがありました。亡くなった方に対して「ご冥福をお祈りします」とか、メディアで言葉を発信するのは好きじゃない。だけど、自分のなかにあるものを表現することが音楽なら、この気持ちをただ持っておくのも変だなという葛藤はあって。

ただ、普遍的・俯瞰的な視点で書こうとすればするほど書けなかったんですよね。そんななか、夢を見ることが時々あって。夢だと本当に<なんだよここにいたのか 急にいなくなったあの日から どうしていたの?>って何の疑いもなく自然に喋っていたの。だけどパッて目覚めて、「ああ、やっぱり夢だったのか」ってひとりになる。じゃあ、あの瞬間だけを切り取る歌にしようと思って、やっと「かくれんぼ」という曲ができました。

―― 他の収録曲とは、また切り口の異なる『HAPPY』というテーマの描き方ですね。

「まさかいなくなると思っていなかった」という方が、今年もたくさん亡くなってしまったじゃないですか。つい先日も、西田敏行さんや小倉智昭さんが…。僕も大好きでした。でもそれ自体は、どうしようもない。たとえ、自分が認められない選択をした方がいたとしても、その人生や意思を尊重しなければならない。となると「いなくならないでね」ではなく、そのひとがいる今日、今、幸せを味わうしかないんだろうなと思います。

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