文字になる前の気持ちを表現できたらなと思ったんです。

―― 新曲「ずっと作りかけのラブソング」は映画『35年目のラブレター』主題歌です。まず曲タイトルが、ただ“作りかけ”なだけではなく「ずっと作りかけ」というのが印象的です。完成しないことに意味があるというか。

そこはまさに映画からいただいたインスピレーションですね。笑福亭鶴瓶さん演じる主人公・保さんは、何度も何度も奥さんに手紙を書こうとされていて。でも、そのとき閉じ込めたものだけがすべてじゃなく、想いも状況もどんどん変わっていく。常に気持ちは新しくなっていったり、深まっていったり、それこそ際限がないんですよ。そんなふうに思えるひとと一緒にいるんだということ自体を表現したくて、このタイトルにしました。

―― 想いが終わることなく、愛を描き続けていけるって素敵ですね。

photo_01です。

それだけ相手が自分の日常に、新しい彩りを与え続けてくれているということでもあるし、すごく幸せですよね。そこに対する想いを伝える手段が、主人公の場合は“手紙=ラブレター”でしたけれど、僕の場合はやっぱり歌になるのかなと思い、「ラブソング」というワードを使わせていただきました。実際、締め切りがなければ永遠に歌として完成しない気もしますから。ずっと作りかけのままいられる幸せってあるんだろうなぁと思います。

―― 劇中でとくに印象的だったシーンやセリフはありましたか?

最初に脚本をいただいて、書き始めた途中で映像が届いたんですけれども、特定のシーンというより、全体的なイメージから影響を受けた部分が大きいです。手紙を書き続ける主人公の姿そのものというか。

そこから、この映画を観たあとにかかる曲を想像していったとき、こういうメロディーが生まれて。そのメロディーが伝えている景色や色が、冒頭の<君は 遠い夏の光 巡る春の息吹 止まない秋の雨 そして 儚く溶ける冬の風花>というフレーズとして出てきた感覚です。主人公にとって<君>はどういう存在なのか、景色とともに表現したいなという気持ちがいちばん強くあった気がします。

―― 冒頭の部分、四季が描かれていますが、なぜ<夏>からなのでしょう。

…たしかに(笑)。言われてみるとそうですね。メロディーが持っているイメージから、最初に出てきたのが<遠い夏の光>という光景だったんだと思います。あえて<夏>から始めようという意識はありませんでした。

でも思えば、<遠い夏>って、誰しも持っているような郷愁を含んでいる言葉じゃないですか。だから、この曲を一気にそういう景色に連れていってくれるワードだったのかなと。本能的に、聴くひとそれぞれの<君>を想像しやすいようなワードを書いていたのかもしれません。

―― この季節の描写はどれも美しいのですが、同時に、掴めないもの、変化してしまうものでもありますね。

そうなんですよ。すべては変わるものだから。ただただ<君>を、優しくて綺麗な景色として描くだけではいけないなと。とくに<儚く溶ける冬の風花>というフレーズには、いつ失ってしまってもおかしくない瞬間と、だからこそもっと大切にしたい、失いたくないという思いを内包できたらなと思いました。

―― 同じく2番Aメロの<浅い夢から醒め 気づく かけられた毛布に>というフレーズで表現されている優しさも儚く美しいなと感じました。そこに<君>がいないけど、わかる温もり、残されている愛。

やっぱり相手が目の前にいるときほど、幸せであることを認識しにくいじゃないですか。きっと歳を重ねるほど、当然のように一緒にいるような気持ちになっていくことが多いだろうし。でも、ひとりの瞬間にふと、自分は相手がくれた温もりのなかにいたんだなと気づいたりして、そのときにこそ幸せをより強く感じるのかなって。そんなことを考えながら、このフレーズを書きましたね。

―― Bメロの<ありがとう あいしてる ごめんね>がひらがな表記であるところにも、主人公の保らしさが滲んでいる気がして。ひらがなでも一生懸命に字を書いている姿が浮かんできますね。

もっと言うと、文字になる前の気持ちを表現できたらなと思ったんです。自分の心のなかには浮かんでいるんだけれども、まだはっきり伝えるまでには至らない。自分でもどんな気持ちなのか名づけられない。「ありがとう」なのか、「あいしてる」なのか、「ごめんね」なのか。そういうものが渦巻いている姿を想像したとき、ひらがながいいなと。基本的に歌詞の表記は、そういうふうに僕の感覚で最初に書いたまま、完成形になることが多いです。

―― ご自身でとくに「書けてよかった」と思うフレーズを教えてください。

やっぱりサビ頭であり、曲タイトルにもなっている<ずっと作りかけのラブソング>ですかね。AメロBメロの景色は、メロディーからすぐに浮かんできたんですけど、核となるサビで何を歌うかをかなり考えて。このワンフレーズが浮かんだとき、「よし、形になった」という感覚がありました。映画のテーマにもリンクしますし、1行ですべてを表せている気もして。大切な言葉ですね。

―― 秦さんは約20年の活動のなかでも、数多くの映画タイアップ楽曲を生み出されていますよね。主題歌力が強い。ご自身の歌がこんなに求められる理由とは、何だと思いますか?

いや、もっと必要としていただいてもいいくらい…(笑)。でも正直わからないです。その時々で、作品からいただくインスピレーションがすごく大きいんじゃないかなぁ。あと、とくに映画だと、「エンドロールでどんな曲が流れたら、その映画で受け取った気持ちをよりしっかり持ち帰ってもらえるか」というところをいちばん大事にしていて。コードでもメロディーでも歌詞でも、心に残るものというのは意識しています。

さらに、その作品からいただいたインスピレーションを、どれだけ自分の歌にできるかも重視しています。映画って、2時間~3時間かけて、ひとつのテーマを丁寧に描くじゃないですか。そのあとに、数分で同じことを歌っても、それはあまり意味がない。すでに長時間かけて紡がれた物語があるので。

―― 物語をなぞるような主題歌ではなく。

どちらかというと、同じテーマに対して、違う角度から向き合えたらなと思っているんです。僕という人間が見た景色がそこに乗ると、同心円のように重なって、ちょっと見えるものが広がると思うんですよね。だから、いかに自分の言葉で歌うかというところも大切にしています。その曲がエンドロールで流れれば、より映画のテーマが伝わる。そして、映画から離れたところで自分が歌っても成立する。そういう主題歌が理想かなと思っています。

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