―― 秦さんの描くラブソングでは、主人公があまり相手に何かを望まないですよね。それよりも「そばにいたい」とか、「伝えたい」とか、「会いに行くから」とか、自身の意思だけがあり、それが言動になっている印象があります。「ずっと作りかけのラブソング」も然り。
わあー、本当ですね、言われてみると。相手の気持ちや行動ってコンロトールできないじゃないですか。だから、望みすぎている感じがしてしまって。その結果、主人公目線でしか歌っていない。それは多分、自信の表れもあるかもしれない。
―― 自信の表れ。
僕の自信のなさの表れ(笑)。相手に「~してほしい」と望むなんておこがましい。そんな余裕が自分の範疇にないから、歌えないんですよ。「僕はこうしたいです」とか、「僕はこういうことを思っています」とか、そうやって自分の心を歌うので精一杯なんだと思います。
―― 無理に相手を動かそうとしないんですね。
そもそも曲作りも、誰かが望む曲を書くっていちばん難しいというか、無理だと思っていて。すべて想像でしかないじゃないですか。自分の気持ちですら変化していくし、不確かなものなのに。それならせめて、今の自分の“本当”だけ抽出して書こうと。それは僕がシンガーソングライターとして、大切にしているというか、それしかできないなと思う部分ですね。ちなみに世の中には、そんなに相手に要求している曲があるんですか(笑)。
―― 極端な例ですと、「抱きしめてくれ」とか「振り向いてくれ」とか「恋人になってくれ」とか。
あー、なるほどなるほど。そういう歌詞を書ける方は、やっぱり多少の自信があるんだと思います。僕の場合、「振り向いてくれるはずがない」というのが前提にあるから、せめて伝えようと。いつも相手に何かを望む手前のところを歌っているんじゃないですかね(笑)。
―― 秦さんは<君>の像はどのように描くことが多いのでしょうか。
曲によりますけど、どれぐらいの世代感の<君>かというのは、なんとなく想像します。僕も歳を重ねているので、素直に書いた時に今の自分が10代の高校生の<僕と君>を描くのは違和感があると思うし。「ずっと作りかけのラブソング」の<君>も20代の僕が書いたらまた違っていた気がします。たまには「社会人〇年目で、こういう仕事先のひとで…」みたいな設定を決めることもあるんですけど、相手のイメージはわりとぼやかしていることが多いですかね。
―― 歌詞を書くときのマイルールはありますか?
自分の理解のなかにある言葉を使うこと。聞きかじっただけの言葉とか、深くは知らないけれど流行りの言葉とか、そういうものは避けます。たとえば「インスタ」とかね。「本当に今の俺がそれを歌詞にしていいのか?」とは、考えます。ちゃんと自分の血肉になっている言葉であれば良いんですけどね。
―― おっしゃるとおり、時代とともに変化してしまうような言葉は使われていないですね。
「今の時代を描きます!」という楽曲の場合なら、わざと使うんですけど、普段はなかなか使いませんね。だから<メール>とかも微妙なところで。<メール>と入れている歌詞もあるけれど、それを流行りに合わせて<LINE>にして、<インスタのDM>にして…、といちいち変えていたらどうなるのか(笑)。あと、英語とかもそこまで使わない。自分にとってリアリティーがある言葉かどうかは、大きなポイントなんだと思います。
―― また、10年前の取材で、ご自身にとっての歌詞という存在についてお伺いした際、「自分自身の中を深く掘り下げていく作業」だとおっしゃっていました。そこはお変わりないですか?
自分は変わらずそういうタイプですね。いろんなものをそぎ落として、深く掘り下げて掘り下げて、たどり着いた言葉が、原始的な感情なんです。そこを大事にして書くと、歌詞が普遍性を帯びる。だから、そこまでたどり着けるかどうかが大事で、常に掘り下げた先にある何かを探している感覚です。
―― では最後に、秦さんがこれから挑戦してみたい歌詞を教えてください。
ストーリーテラー的な、物語を歌っていくみたいな歌詞は、あまり作ったことがない気がするので、いつか挑戦してみたいかな。一人称や二人称じゃなく、三人称の<彼>と<彼女>を描いていくようなもの。
―― なぜ、これまでは作られなかったのでしょうか。
歌い手が冷静にはなると思うんです。物語を読むひとになるから。それこそ登場人物も好きに動かせてしまう。それが今の僕ではまだふわふわしてしまうだろうなと。でも、そういう物語風な形をしていても、結局は自分のリアルを書くことになりそうなので、おもしろい距離感で書けそうなテーマが見つかれば、書いてみたい。他者の話のようで自分なのか、自分の話のようで他者なのか、綯い交ぜになるような歌詞が書けたらいいなと思います。