フィクションの話をしよう。
これはある街の暮らし。
この街の生活者は朝目を覚ますと自室で入念に手を洗い、
部屋中を消毒してから、宇宙服のような防護服に身を固めて部屋を出る。
家族もまたそれぞれの個室から出てきてフェイスシールド越しに挨拶をし、
テイクアウトした朝食を防護服の中に滑り込ませて頬張り、
コーヒーをストローで飲み込む。さながら朝の食卓は宇宙ステーションの
コックピットのよう。
通勤や通学も防護服を身に纏う。
かつては社会的ディスタンスを保つ努力をしていたけれど、
結局バスや電車は人でいっぱいで、
ビニールをかぶってればいいよねとか言ってあまり気にしなくなった。
マスクが義務付けられていた頃は友達の顔を忘れてしまった。
隠れて見えていない部分は想像で補うのだけど、
実際以上に整った造形を当てはめてしまって、
マスクを取ると誰?なんて思ってしまったりして。
それもフルフェイスシールドをみんなが着用するようになってからは
なくなった。学校では、一日に何度も防護服を取り替える。
めんどくさいから毎日オンラインでいいのにって思うけれど、
「格差」が出るから時々行かなきゃいけないんだとか。
楽になったのは毎日の服装に気を使わなくなったこと。
とびきりのオシャレをしたって防護服の下では何もわからない。
オシャレはもっぱら自室からのインスタグラムが主戦場で、
最近ではVRを使わず生地の素材感を活かすのが流行りだとか。
フィジカルな接触をするスポーツは、
ほとんどeスポーツに取って替わられた。
それで夜になると、宇宙船の乗組員たちは、おやすみと言って別れ、
それぞれの個室でようやく防護服を脱ぎ捨てる。
家族が寄り添って眠りにつくことはもうない。
それがこの世界の「生活様式」。
そうやって僕らはお互いに触れ合う行為を失ってしまった。
すべての対話はオンラインでの画面越しか、ビニールシート越しになった。
コミュニケーションが鬱陶しくなったと感じる人も多い。
みんな怒りっぽくなったような気がする。
一体いつからこんなにも人同士が隔たれてしまったんだろう?
ウィルスが蔓延してから?
人々がパニックに駆られて、スーパーマーケットの棚が
空っぽになってから?
いろいろな防護策が法律で定められてから?
いや、もっと前から僕らは離れ離れだったような気がする。
ウィルスが広まる前からネットの中で生きているような人もいたし、
発声せずに呟き続ける人々が山ほどいた。
武器と武器を持って争い続けたのは歴史が教えてくれる。
思想や信条が僕らを隔ててしまうことは日常的だ。
ismが、それぞれの正義を強固にして、
何百年も構造的に人を階層に押し込んだことだってあった。
それは今だって時々マグマのように噴出する。
いや、ひょっとしたらもっとずっと前に…。
僕らがlogos(言葉)を持ってしまってからずっと、
僕らはお互い隔たれてしまったのかもしれない。
でも、僕らは確かに感じることができる。
やけに濃い夕日のあまりの美しさを。
静けさの中に浮かぶ月の幽玄さを。
お互いを求め繋がっていたいと思う希望を。
誰かを慈しみ、救いたいと願う勇気を。
あなたをただ愛おしいと想うこのpathosを。
決して忘れることなく、焦がれ続け、
日々を過ごしている。
これはあくまでフィクションの話。
どこかの並行世界の日常。
それともいつか未来に訪れる縦列世界の姿かもしれない。
人が言葉を持つ限り、消滅することのない、pathos。
また今日も、悲しくない話をしよう。
これはある街の暮らし。
この街の生活者は朝目を覚ますと自室で入念に手を洗い、
部屋中を消毒してから、宇宙服のような防護服に身を固めて部屋を出る。
家族もまたそれぞれの個室から出てきてフェイスシールド越しに挨拶をし、
テイクアウトした朝食を防護服の中に滑り込ませて頬張り、
コーヒーをストローで飲み込む。さながら朝の食卓は宇宙ステーションの
コックピットのよう。
通勤や通学も防護服を身に纏う。
かつては社会的ディスタンスを保つ努力をしていたけれど、
結局バスや電車は人でいっぱいで、
ビニールをかぶってればいいよねとか言ってあまり気にしなくなった。
マスクが義務付けられていた頃は友達の顔を忘れてしまった。
隠れて見えていない部分は想像で補うのだけど、
実際以上に整った造形を当てはめてしまって、
マスクを取ると誰?なんて思ってしまったりして。
それもフルフェイスシールドをみんなが着用するようになってからは
なくなった。学校では、一日に何度も防護服を取り替える。
めんどくさいから毎日オンラインでいいのにって思うけれど、
「格差」が出るから時々行かなきゃいけないんだとか。
楽になったのは毎日の服装に気を使わなくなったこと。
とびきりのオシャレをしたって防護服の下では何もわからない。
オシャレはもっぱら自室からのインスタグラムが主戦場で、
最近ではVRを使わず生地の素材感を活かすのが流行りだとか。
フィジカルな接触をするスポーツは、
ほとんどeスポーツに取って替わられた。
それで夜になると、宇宙船の乗組員たちは、おやすみと言って別れ、
それぞれの個室でようやく防護服を脱ぎ捨てる。
家族が寄り添って眠りにつくことはもうない。
それがこの世界の「生活様式」。
そうやって僕らはお互いに触れ合う行為を失ってしまった。
すべての対話はオンラインでの画面越しか、ビニールシート越しになった。
コミュニケーションが鬱陶しくなったと感じる人も多い。
みんな怒りっぽくなったような気がする。
一体いつからこんなにも人同士が隔たれてしまったんだろう?
ウィルスが蔓延してから?
人々がパニックに駆られて、スーパーマーケットの棚が
空っぽになってから?
いろいろな防護策が法律で定められてから?
いや、もっと前から僕らは離れ離れだったような気がする。
ウィルスが広まる前からネットの中で生きているような人もいたし、
発声せずに呟き続ける人々が山ほどいた。
武器と武器を持って争い続けたのは歴史が教えてくれる。
思想や信条が僕らを隔ててしまうことは日常的だ。
ismが、それぞれの正義を強固にして、
何百年も構造的に人を階層に押し込んだことだってあった。
それは今だって時々マグマのように噴出する。
いや、ひょっとしたらもっとずっと前に…。
僕らがlogos(言葉)を持ってしまってからずっと、
僕らはお互い隔たれてしまったのかもしれない。
でも、僕らは確かに感じることができる。
やけに濃い夕日のあまりの美しさを。
静けさの中に浮かぶ月の幽玄さを。
お互いを求め繋がっていたいと思う希望を。
誰かを慈しみ、救いたいと願う勇気を。
あなたをただ愛おしいと想うこのpathosを。
決して忘れることなく、焦がれ続け、
日々を過ごしている。
これはあくまでフィクションの話。
どこかの並行世界の日常。
それともいつか未来に訪れる縦列世界の姿かもしれない。
人が言葉を持つ限り、消滅することのない、pathos。
また今日も、悲しくない話をしよう。
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