2020年9月2日に“ヒグチアイ”が自身初のベストアルバム『樋口愛』をリリースしました。彼女は、静と動が混在するスリリングなライブステージで、聴く者に呼吸することを忘れさせてしまうくらいの表現力持ったアーティスト。自身の活動キャリアから名曲の数々を選りすぐった作品となります。新曲「八月」「東京にて」の2曲も収録…!
さて、今日のうたコラムではそんな最新作をリリースした“ヒグチアイ”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回は第1弾、第2弾に続く最終回です。綴っていただいたのは収録曲「東京にて」に通ずるお話。この歌詞の背景を、想いを、リアルを、是非彼女の言葉から感じてください。
~歌詞エッセイ最終回:「東京にて」~
東京のビルがこんなに高く伸びるのは、たくさんの人間のエネルギーを吸っているからだ。人がいなくなれば養分が摂れなくなって、そのビルは倒れてしまう。
人間は、生きているだけで何年も何十年も内臓を腐らせない。死んだら、数日なのに。だから、生き続けるってことは、すっっっっごいことなんです。みんなが思っている以上に。
高校生のときに、家で生まれたウサギがいた。繁殖させようとしたつもりもなく、ただいろんな偶然が重なって、家で妊娠したウサギはわたしが受験勉強をしているときに子どもを産んだ。生まれた子どもたちの中でとても小さく、身体が弱かった1羽をうちで引き取ることにした。
名前はむう。夢宇。どキラキラネームをつけた。
むうはわたしと共に上京し、一緒に暮らしていた。昔の彼氏がくれたBOSEのヘッドフォンを噛みちぎったり、わたしが歌詞を書いた紙を食べて、なんて書いてあったのかわからなくさせた。ウサギに怒ったってわからないだろうし、ストレス溜まるだけだろうから、ということで、一切怒ることはなかった。その分過剰に可愛がることもないし、悩みを聞いてもらったり、慰めてもらったなあ、という経験もない。お互いに、自由に暮らしていた。
その後、彼氏と同棲することになり、その彼氏はアレルギーがあったので、むうと一緒に引っ越すことができなかった。友だちがお世話を引き受けてくれるということで、その友だちにむうを譲った。それ以来、むうに会うことがなかった。
何ヶ月か前に、むうが死んだ。ウサギの中ではかなり長生きだったらしい。病気もなかった。途中から飼ってくれてた友だちが定期検診に連れて行ってくれたり、よくお世話をしてくれたから、ここまで生き延びたのだと思う。
どこかで、むうを捨てたんだ、という記憶が残っている。ちゃんと愛してあげた記憶がない。今更感じてもしょうがない後悔が入道雲のように膨れ上がっていった。
その友だちに話をした。そうしたら「小さなときにストレスを感じてなかったからここまで生きてこれたんじゃないかな、ってお医者さんが言ってたよ」と教えてくれた。
わたしは、後悔を背負っていくしかない。消えることはないから。でも、その後悔のせいで足を絡めとられてはいけない。歩く力がなくなってはいけない。
太陽のような指輪を作ってもらった。その中に、むうのちいさな遺骨が入っている。今では、たくさんの後悔も、わたしを照らしてくれる太陽になっている。
<ヒグチアイ>
◆紹介曲「東京にて」
作詞:ヒグチアイ
作曲:ヒグチアイ
◆BEST ALBUM『樋口愛』
2020年9月2日発売
TECG-33130 ¥3,000-(tax out)
<収録曲>
1. ココロジェリーフィッシュ
2. 前線
3. 東京
4. まっすぐ
5. わたしのしあわせ
6. ラジオ体操
7. 猛暑です- e.p ver -
8. 八月(新曲)
9. 黒い影
10. わたしはわたしのためのわたしでありたい
11. 最初のグー
12. 備忘録
13. 東京にて(新曲)