鼠色の青春がループ。

 2022年4月27日に“藤川千愛”がミニアルバム『ちょっとそこまで昨日を迎えに』をリリース。既に発表されているTVアニメ『盾の勇者の成り上がり Season2』エンディングテーマ「ゆずれない」、昨年放送されたテレビ東京系 ドラマParavi『にぶんのいち夫婦』オープニングテーマとなった「片っぽのピアス」の他、新曲5曲が収録されております。
 
 さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放った“藤川千愛”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回が最終回です。綴っていただいたのは、今作の収録曲「そんなんばかりループ」に通ずる短編物語。朝の通学から、家に帰ってひとりになるまで。一日のなかの桜子の心模様を、歌詞と併せてお楽しみください。



『おいおい桜子ちゃん、将来は競輪選手にでもなるつもりかい!?』
 
桜子は学校での控えめな存在とは裏腹に、漫才師がするように自らにツッコミを入れ、自虐を込めて自分を鼓舞した。
 
制服が可愛いという理由だけで選んだ高校まで、桜子は片道50分を掛けて自転車通学している。今でこそ50分で通えるが、入学当初は1時間以上掛かったことを考えると、自転車を漕ぐという能力に関してはかなりの成長だと思う。
 
そう考えると、今更だけど、入学時から毎朝の自転車通学をYouTubeで配信しておいたら良かったと桜子はちょっぴり悔やんだ。女子高生がただただ必死に自転車を漕ぐ映像は案外と需要があるかも。
 
雨の日も、風の日も、雪の日も、ただ淡々と毎日、自転車を漕ぐ姿を更新するのだ。徐々に登録者数が増え、やがて50分の壁を越える頃には、必死にペダルをまわす桜子を応援するニッチなファンの輪は世界中にまで広がり、たまたまその中のひとりがクリスティアーノ・ロナウドで、たまたまそのロナウドが、『桜子のあきらめない姿はバロンドールレベルだ』なんてツイートしちゃうものだから、それがきっかけでたまたま大バズリして、今頃はスッキリあたりで特集されていたかもしれないのに…なんて、たまたまが多めの壮大な現実逃避をしてみた。
 
アップダウンを繰り返す田舎道、それでも妄想をしている間はいくらかペダルが軽く感じられる気がして、桜子は毎朝毎朝、こうして人気者になる妄想をした。
 
そんな全力でペダルをまわす桜子のすぐ脇を、一瞥もくれずに原付バイクが追い抜いて行った。同じクラスの田中だ。クラス内カースト制度でいえば、私よりも更に控えめな存在の田中のバイクは、自分の存在をしっかりと主張した光沢のある美しいあさぎ色をしていた。田んぼと畑ばかりのこんな田舎町よりも、なんだかパリだとかロンドンだとかが似合いそうなバイクだった。
 
『田中のくせに・・・』
桜子は田中を少しだけやっかみ、そして見直した。
 
パリやロンドンはおろか、東京にすら行ったことがなかった桜子だが、いつかあんなバイクで一人旅をしてみたいとも思った。
 
夏休みに女子高生が旅をしながらの配信も需要があるかも。そして、たまたまお忍びで日本に遊びに来ていたアリアナ・グランデに声を掛けられて…なんて妄想をしかけたが、学校が近づくにつれてそんな思いは勢い良く萎んでいった。
 
校舎の屋上から吊るされた女子バレーボール部と俳句部の全国大会出場を祝う巨大な垂れ幕を目にしたからだ。部活動で結果を残して、しっかりと青春を謳歌しているクラスメイトと、朝から気持ちの悪い妄想ばかりしている自分とを比べて、急にすべてが阿呆らしく感じたのだ。
 
今日はもう早退したい、そんな思いを引きずりながらなんとか教室に入ると、同じ中学出身の吉沢のまわりに人垣ができていた。聞けば、TikTokに挙げたダンス動画がバズり、ローカル局ながらバラエティ番組でも取り上げられたらしく、一夜にして吉沢はちょっとした有名人になっていた。
 
『吉沢、あんまり好きじゃないけどさ、今のうちにサインでも貰っておく? 今度、EXILEの事務所のオーディションとか受けるらしいよ』
隣の席の朋美が教えてくれた。桜子は返事の代わりに、朋美にしか分からないように、おちゃらけて白目を剥いてみせた。何故だかそうでもしないと涙がでそうだったから。
 
桜子は大きく息を吐き、クラスを見渡した。今日は自分以外の皆がキラキラと幸せそうにも見えて、なんだかやるせなかった。
 
 
 
なりたい自分はいつも
駆け足で逃げていく
残された私は今日も
愚痴ばかりこぼす
 
ちっぽけな夢なんかじゃ
埋もれちゃう気がするから
叶いそうもないことを
あれこれ並べたんだ
 
そんなんばかりループ
そんなんばかりループ
そんなんばかりループ
そんなんばかりがループする
 
世間様の基準から
はみ出して我が道行けばいいと
これじゃ凡人の極みですが
特別になりたい
世間様に後ろ指刺され
それでも自分を信じてやる
これじゃ凡人の鑑ですが
特別になりたい
 
 
 
教室から見る空の色は、不機嫌そうな鼠色だ。
青春を青い春などと最初に言った奴は分かってないと桜子は思った。
 
 
昼休みに、桜子は思い切って田中に声を掛けてみた。
『あのバイクの緑色、綺麗だね』
 
急に話しかけられた田中は、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、話の内容がバイクのことと分かると、自分はバイクのレストアが趣味で、全国で古いバイクを見つけては修理してピカピカに磨き上げ復元していることを教えてくれた。その工程をYouTubeにもアップしているらしい。興味があったら見てみてと、ご丁寧にチャンネルをラインまでしてくれた。
 
桜子はレストアの話よりも、田中の声がミスチルのボーカル、桜井和寿の声に似ていることの方が気になってしまった。クラスでこのことに気がついているのは多分自分だけで、自分しか知らない秘密を抱えたようにも思えて、ちょっとだけ得した気分になった。
 
 
家に帰ると、桜子は教えて貰った田中のYouTubeチャンネルを見てみた。
 
原付バイクのレストアというマニアックな内容にも驚いたが、どの動画も再生数が10万回を超えており、田中は学生ながらその筋ではかなり有名な存在であることを知った。読めはしなかったが、コメント欄には英語やフランス語のメッセージがいくつも書かれていた。中には声が桜井和寿に似ているとのコメントも見つけられた.
 
『見なければ良かった』
桜子は酷いこと言ってると思いながらも、えも言われぬ悲しみに包まれた。
 
バイクじゃないから断られるだろうけど、今度、私の自転車もレストアしてくれないか田中に頼んでみよう。そして、あさぎ色のバイクとあさぎ色の自転車でコラボ動画が撮れないか頼んでみよう。ひょっとしたらクリスティアーノ・ロナウドやアリアナ・グランデが観てくれるかもしれない.
 
 
<藤川千愛>


◆紹介曲「そんなんばかりループ
作詞:藤川千愛
作曲:藤永龍太郎(Elements Garden)

◆ミニアルバム「ちょっとそこまで昨日を迎えに」
2022年4月27日発売
初回限定盤 COZP-1904/5 ¥4,000(税込)
通常盤 COCP-41759 ¥1,800(税込) 
 
<収録曲>
1. たしかなことって
2. ゆずれない
3. 手のひらの中で
4. ゆびさきから
5. 片っぽのピアス
6. そんなんばかりループ
7. 覚醒前夜