ちゃんとした人不適合者

 2023年4月12日に“藤川千愛”がミニアルバム『嬉しい声をほんのちょっと』をリリースしました。今作には、4月スタートのTVアニメ『マイホームヒーロー』オープニングテーマの「愛の歌」の他、全7曲が収録。初回限定盤には1月7日に行われたワンマンライブの映像が収録されたBlu-rayが付属され、12曲のライブ映像を堪能することができます。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“藤川千愛”による歌詞エッセイを3週連続でお届け。今回が最終回。綴っていただいたのは、今作の収録曲「ちゃんとした人不適合者」にまつわるお話です。あなたも誰かに「ちゃんとして!」と言われたことはありませんか…?



『ピコん』
通路を挟んだ左前方の席から、聞き覚えのある確認音が鳴った。
 
この音は…間違いない。翌日の朝が早い夜に限って、見透かしたように中毒性を上げてくるパズルゲームに課金した時の確認音だ。私は心の中で『ファイナルアンサー』と唱えて、ゆっくりと顔を上げた。
 
<NO SAUNA NO LIFE>とプリントされたTシャツを着た男性の手に握られたスマートフォン、その画面には思ったとおり例のパズルゲームが表示されていた。ひとりクイズに勝利し、ほんのり上機嫌になった私は、男のテーブルに目をやった。
 
テーブルにはコーヒーとB5サイズのキャンパスノート、消せるタイプのボールペンが並べられていた…。『小説家!ファイナルアンサー』。調子に乗った私は、たまたま隣の席に座って、たまたま自分と同じパズルゲームにハマっているだけの男の職業を、安直にも小説家と推理し心の中で叫んだ。
 
原稿の〆切が迫っているこの小説家の男は、アイデアが浮かばずにほとほと困り果て、ならばと気分転換に喫茶店に来てみたものの、ついつい一回だけのつもりと始めたパズルゲームにハマって課金までしまったのだ。
 
『ファイナルアンサー』
私の妄想が正解かどうかなんて最早どうでもいい、平日の昼間に喫茶店でパズルゲームにハマり、Tシャツの文言に反してちっとも整っていない、このちゃんとしていない男に私は勝手に親近感を感じた。
 
かく言う私も来月に発表しなくていけない楽曲の締め切りに追われ、喫茶店に逃げ込んだ口だったのだ。
 
自慢じゃないが、私はちゃんとしていない。
 
思い返せば、子供のころから親に『ちゃんとしてや』と散々言われて育ち、大人になった今でもマネージャーに『ちゃんとしてください』と年中諭されている。そんなわけで、ちゃんとしなきゃ、ちゃんとしなきゃと日々思い、この世界に少々窮屈さを感じながら生きてきた。
 
しかしながら、ある日、『あれ?あれれ?ちゃんとしてるってなんなんさ!?』と至極、当たり前の疑問が生じた。
 
たまに取り出すアイロンの
温度はいつだって最強
焦がして溶かして気付く
あたしホントちゃんとしてない
 
そもそも説明書の類を
読んだことない…その発想ない
生真面目な君はきっと呆れる 
ベーコンならカリカリでいいのに
 
明日も早いとかいう君の
その口をふさいであげようか
背徳感に勝るスパイス
君は知らない…教えてあげるよ
 
あたし感情で生きているから
論理的じゃないなんてむしろ誉め言葉
あたし感情に支配されてんの
冷静に!なんて反吐が出ちゃうよ
あたしちゃんとしていないから
きみに面倒かけちゃうかもよ
あたしちゃんとした人不適合だから
毎日なんだか楽しくやってます
 
ちゃんとしろってなんなんさ
そんなんあたし知らんがな
ちゃんとした世界の水は
あたしの肌によう合わんけ
ちゃんとしろってなんなんさ
そんなん知らんがな知らんがな
真夜中に食べるアイスクリーム
ちゃんとしてなくて良かった良かった
 
あたし感情で生きているから
あたし感情で生きているから
 
誰かの基準に合わせて、ちゃんとすることってそんなに大事なのかな、そんなんを無視して私ちゃんとしてないよって言葉にすることで、生き辛かった世界は薄れ、急に楽になれた。
 
だから、私にとって、『私ちゃんとしていない』は世界を広げてくれる魔法の言葉なのかも。
 
あたしちゃんとした人不適合だから毎日なんだか楽しくやってます。
 
<藤川千愛>


◆紹介曲「ちゃんとした人不適合者
作詞:藤川千愛
作曲:近藤世真(Elements Garden)

◆ミニアルバム『嬉しい声をほんのちょっと』
2023年4月12日発売
 
<収録曲>
1. 愛の歌
2. 君の匂いは鎮静剤
3. リゲル
4. ちゃんとした人不適合者
5. 面倒な女
6. スローモーション
7. なにも忘れるわけじゃない