もうひとつの愛の歌

 2023年4月12日に“藤川千愛”がミニアルバム『嬉しい声をほんのちょっと』をリリースしました。今作には、4月スタートのTVアニメ『マイホームヒーロー』オープニングテーマの「愛の歌」の他、全7曲が収録。初回限定盤には1月7日に行われたワンマンライブの映像が収録されたBlu-rayが付属され、12曲のライブ映像を堪能することができます。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“藤川千愛”による歌詞エッセイを3週連続でお届け。今回は第1弾。綴っていただいたのは、収録曲「愛の歌」にまつわるお話です。彼女が友人との会話のなかで触れた、ひとつの”愛”とは…。みなさんは<愛してる>って何だと思いますか?



友人と喫茶店で待ち合わせをしていると、先に来ていた友人がひどく落ち込んでいる様子だったので理由を聞いてみた。すると友人は膝の上で気持ちよさそうに寝ている仔犬を撫でながら『人間と犬とじゃ、時間の流れ方が違うっていうのは知ってるよね?』と逆に私に質問してきた。
 
人間と犬とで時間の流れが違うことを真剣に考えたことはなかったけれど、友人の口調から察するに、愛犬家の間では常識なのかもしれない。私はもしもこの喫茶店の誰かに、友人の問いと同じ温度感の質問をするならば、『コーヒーを飲むと眠気が覚めるのは知ってるよね?』がちょうどぴったりの塩梅じゃないかと想像してみた。
 
友人は、私が質問にYESかNOかを答える前に、『犬っていうのは、もちろん小型犬と大型犬じゃ異なるけど、おおよそ生まれてからの2年で、人間で言うと24歳になるんだ。それって信じられる? 人間のたった1ケ月がワンちゃんにとっての1年になるんだよ。その後は加齢のスピードも幾分かゆるまるんだけど、それでも人間の3ケ月がワンちゃんの1年になり、つまりはワンちゃんは1年に4歳も歳を取ってしまうの。だから、いまは仔犬でもあっという間に私の年齢を追い抜き、先に召されちゃうわけ…、このひどい現実を受け入れるなんて私にはとうてい出来なくて…』そう早口でまくし立てると一層落ち込んで見せた。
 
ご主人様のそんな悩みは露知らず、仔犬は相変わらず友人の膝の上で気持ちよさそうに寝ている。友人は仔犬の柔らかそうな後頭部から尻尾の先までを繰り返し繰り返しねっとりと撫でた。
 
愛が友人を変えたのだろうか。つい最近まで、まだ起きてもいないことを憂うなんて時間の無駄だと言っていたのに、随分と変わったものだねと…言いかけたけれど、軽口を許すような雰囲気でもなく、ちょっと意地悪な冗談は音になることなくコーヒーで胃袋へと流し還された。
 
気のせいかもしれないけれど、その日の帰り道はいつもよりたくさんの犬とすれ違った。皆一様に幸せそうだ。傍らのご主人様たちは友人と同じように、犬と人間の時間の流れの違いに悩まされたりしているのだろうか? 犬とすれ違うたびにそんなことを考え、いつか、愛する人を奪われることを想像した時の痛みを歌にしてみようと思った。愛するが故に痛いだなんて、厄介にもほどがあるけど。ねえ、愛してるって何だろう?
 
<藤川千愛>



◆紹介曲「愛の歌
作詞:藤川千愛
作曲:藤永龍太郎(Elements Garden)

◆ミニアルバム『嬉しい声をほんのちょっと』
2023年4月12日発売
 
<収録曲>
1. 愛の歌
2. 君の匂いは鎮静剤
3. リゲル
4. ちゃんとした人不適合者
5. 面倒な女
6. スローモーション
7. なにも忘れるわけじゃない