「茨木童子」という曲の読み方。

 2023年1月18日に“陰陽座”が4年半ぶりとなるオリジナルアルバム第15弾『龍凰童子』をリリースしました。今作には過去最高数の全15曲が収録。圧倒的な完成度の高さを誇る陰陽座ワールド全開な楽曲が「これでもか!」と詰め込まれております。新作を待ちわびたファンの期待や想像を遥かに超えていく“最高傑作”となること間違いなし!
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“陰陽座”の瞬火による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、今作の収録曲「茨木童子」にまつわるお話です。この曲の読み方は“いばらぎどうじ”なのか“いばらきどうじなのか。陰陽座ならではの日本語に対するこだわりを、歌詞と併せてお楽しみください…!
 


陰陽座の新曲「茨木童子」が配信開始されました。言うまでもなく、この曲名は実際の伝承をもとに多数の創作を通して語り継がれてきたあの“茨木童子”そのものを指しています。曲名としての読み方は“いばらぎどうじ”となっていて、多くの方が“いばらきどうじ”が正しいのでは? と思ったのではないかと想像しますが、実際のところ、どちらも正解というのが妥当なところです。
 
様々な文献に登場する“茨木童子”を見ると、“いばらきどうじ”と書いてあるものもあれば“いばらぎどうじ”となっているものもあり、その時点でどちらでも正解と言わざるを得ないわけですが、これはそもそも日本語に備わる“発音しやすいように適宜音を濁らせる”という特性の産物だと思われます。
 
生け花を“いけばな”、煮魚を“にざかな”と読むのと同じですが、茨木は“き”でも“ぎ”でも言いやすさに大差がないように思うので、人によって言い方が定まらないままに表記され、後世に伝わったのではという気がします。もちろん、地名として正式に“いばらき”と定められている茨木市や茨城県を“いばらぎ”と発音するのは間違いですが、地名ではなく鬼の名前となると話は別ですから、文献に両方記されているならどちらも正解、とするのが理に適っているでしょう。
 
しかし主に最近では茨木童子は“いばらきどうじ”と読むのが主流のようにも感じます。これについては“いばらぎ”は誤読で正しくは“いばらき”だ、という熱心なPRの甲斐あって、現在ではほとんどの人が茨城県と茨木市のことを“いばらき”と呼ぶようになったことを受け、茨木童子も“いばらきどうじ”が正解なのでは、という風に傾いたのだろうというのが個人的な推測ですが、時とともにそうやって整理されていくのも言葉の成り立ちの面白いところですので、茨木童子の読み方としては“いばらきどうじ”に軍配が上がったと言っていいでしょう。
 
ではなぜ今回この「茨木童子」という曲の読み方をあえて“いばらぎどうじ”としたのかというと、多くの場合、地名などの固有名詞の音が濁るのは縁起がよくないとされるため、普通に読んだら濁る場合でも濁らせないことがあったり、それに付随して縁起のよくない漢字を同じ音で縁起のよい字に変えたり、ということが多数見受けられるように、日本人は“縁起をかつぐ”のが好きであり、それをとても重視してきた面があります。
 
より古い時代においては、地名の濁りは土壌や河川の濁りを想起させるため、生活や生命に直接関わることに悪影響がないようにと、縁起をかつぐといっても単なる気分の問題ではなく、極めて切実な問題として呼び名が決められていたと想像できますが、いずれにしても、濁らせないというのは“縁起がよいこと”なのです。
 
そうすると当然、濁るのは縁起が悪いということになるわけですが、およそ人間にとって最凶の忌むべき穢れたものの象徴である“鬼”の名前、という前提で考えるならば、むしろ“いばらぎ”と濁らせるべきなのではと思い至り、その鬼が本当に穢れた存在であったのかどうかという考察とは関係なく、強力な鬼ほど恐れられ、忌み嫌われていたはずですから、実像云々ではなく“人々がどんな気持ちでその名を呼んだか”という観点で陰陽座の楽曲名としては“いばらぎどうじ”と読むことにしました。
 
もっとも、この曲とは関係なく茨木童子を音読する際には“いばらきどうじ”と言ったほうが通りがよいと思いますので、そちらをお薦めします。
 
このように、陰陽座の音楽は日本語の興味深さや滋味深さに徹底的にこだわっているわけですが、英語が分からなくても洋楽が問題なく聴けることからも分かるように、そもそも音楽として楽しむ上で言葉の意味を理解することや蘊蓄を語ることなどは一切必要のないものです。
 
音楽は音楽として耳と心で楽しめばいいだけなのですが、万が一歌詞の世界に足を踏み入れたときのおまけ的な楽しみとして色々な要素が抜かりなく散りばめてあるのが陰陽座の音楽、とも言えます。例えるなら、RPGにおけるクリア後の隠しダンジョンのようなものが満載、という感じですので、サラっとクリアするもよし、その後さらにやり込んでもよし、お好みに合わせて色々な深度で楽しんでいただければ幸いです。

<陰陽座・瞬火>


◆紹介曲「茨木童子
作詞:瞬火
作曲:瞬火

◆アルバム『龍凰童子』
2023年1月18日発売
KICS-4092 定価¥3,300(税抜¥3,000)
 
<収録曲>
霓 【にじ】
龍葬 【りゅうそう】
鳳凰の柩 【ほうおうのひつぎ】
大いなる闊歩 【おおいなるかっぽ】
茨木童子 【いばらぎどうじ】
猪笹王 【いのささおう】
滑瓢 【ぬらりひょん】
赤舌 【あかした】
月華忍法帖 【げっかにんぽうちょう】
白峯 【しらみね】
迦楼羅 【かるら】
覚悟 【かくご】
両面宿儺 【りょうめんすくな】
静心なく花の散るらむ 【しずこころなくはなのちるらん】
心悸 【ときめき】