2023年3月29日に“クリープハイプ”が新作EP『だからそれは真実』をリリースしました。TOHO animationの10周年企画『TOHO animation ミュージックフィルムズ』への書き下ろし曲「凛と」、展覧会『クリープハイプの声をシャワーのように浴びる展』テーマソングでもある「本当なんてぶっ飛ばしてよ」、Ba.長谷川カオナシが作詞作曲した「朝にキス」など、バラエティ豊かな全5曲を収録。
さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“クリープハイプ”の長谷川カオナシによる歌詞エッセイをお届け!綴っていただいたのは、今作の収録曲「朝にキス」にまつわるお話です。曲の背景にある<僕>と彼女の物語を、感情を、歌詞と併せて受け取ってください。さらに今回は“音声版”がございます。長谷川カオナシ本人による朗読でもエッセイをお楽しみください。
安心したのか疲れ切ったのか、彼女は眠りについたようだ。
僕はというと安心したし疲れ切った。
実につまらない言い合いだった。
ごめんと折れるフリもした。
反省の皮を被ったそれは、実際のところはただの放棄の意思表示である。
彼女が彼女自身の命を人質にとった以上、
僕から言えることはもう何もない。
恥ずかしながら無学ゆえ、各宗教に於ける愛の定義については暗い。
でも恐らく。僕も彼女もお互いを愛してはいないのだろう。
議論の目的はそれぞれのエゴを通すことであり、
双方の幸福の追求ではなかった。
正論は刃だ。
切れ味の良い刃ならあるいはメスになれるのかもしれない。
だとしてもメス一本だけで手術は遂行出来ないし、
そもそも医者でもなんでもない僕がいたずらに振り回すべきものではない。
麻酔だ。少なくとも僕の方は今、麻酔が欲しい。
平たく言うとスマートフォンを相手に酒を呷るのだ。
外に出て空を見上げると、黙って見下ろしている月と目が合った。
安全圏から容赦なく降り注ぐその呑気な光が目に障る。
唾を吐いた。
当然顔に戻ってきた。
空なんて見上げるものじゃない。
視線をスマートフォンに下ろした。
SNSの上では日夜、様々な論争が繰り広げられている。
「口下手」と「わからずや」では決着がつかない。
両者の弁は平行線となって伸びていく。
寄り添わず、かといって離れることもない二本の線。
なんと仲睦まじいことだろうか。
多くの恋人たちはやがて夫婦の契約を結ぶにあたって、
永遠の愛を誓う。
「永遠」も「愛」も「誓い」もとても難しいことなのに、
赤の他人同士が一歩も退かず憎み合う力は
夜空の向こうに果てしなく伸びていく。
それでもやはり永遠はなく、空は明るみ始めた。
部屋に戻ると、東から射す陽に彼女の寝顔が照らされている。
寝ている人間は美しい。いつかは起きるというところも良い。
朝にキス。張っていた意地が水泡に帰す。
平行線で論じていた口同士が触れ合った。
片側を担っていた僕の線が角度を変え、
もう片方の線に向かい、一方的に触れた。
平行ゆえの均衡は崩れ、
線がこの先どこへ行くのかはわからない。
<クリープハイプ・長谷川カオナシ>
2023年3月29日発売
<収録曲>
01. 凛と
02. 本当なんてぶっ飛ばしてよ
03. 朝にキス
04. 愛のネタバレ
05. 真実