本当は<好き>って書きたかったんですよ。

―― 今作の1曲目「Backseat」はどのように生まれた楽曲でしょうか。

去年、メンバーみんなでスタジオに籠っているとき、「何かないかな、何かないかな…」と考えていて。ピアノのサポートをしているROSÉ(ロゼ)ちゃんに、「俺が好きそうないい感じのコード、なんでもいいから弾いてくれ」って頼んだんですね。で、弾いてもらいながら、俺はいろんなメロディーを歌ってみて。自分のボーカルに集中できるので、そういう制作のやり方がわりと多いんですよ。

そして、「あ、なんか今いいのできたな」って生まれたのが、サビの<時々、夜の冷たい風の匂いが 舞って 絡まって 思い出すよ>という部分で。そこからワーッと作っていきましたね。歌詞に関しては、そのときちょうど失恋をしたばかりの友だちがいて。その情けない話を聞いたことがきっかけで。情けない話と言ったら申し訳ないけれど…(笑)。

―― 過去の景色は、<Men I Trust>、<Zepp>、<氷は全部溶け 気が抜けたハイボール>、<ストロボ>など具体的かつ鮮やかに映像が見えてきます。一方で、恋が終わってしまった現在は<夜の冷たい風の匂い>だけが在って、そこにもう人肌がない感覚がよりリアルだなと思いました。

サビでは“失恋してだいぶ月日が経った”というところを描きたかったんですよね。その失恋した友だちにとっては、リアルタイムだったわけですけど。だからこそ慰めの意味も込めたかったのかもしれない。「月日が経ったら<わりと前のことで あまり覚えてないんよね>とか言えるぐらいになるんじゃない? だけどまぁ結局、思い出しちゃうよね」みたいな。

あと、2年前ぐらいに実際、俺はメンバーとMen I TrustのライブをZeppに観に行ったんですよ。そのとき「Men I Trustってこんなに人気だったんだ!」と驚いて。彼らは俺が2018年にN.Y.へ行ったときもライブをやっていて。当時は全然お客さんもいなかったし、前座とかだったんですけど。そんな彼らが日本で、しかもZeppでライブをできるようになったのかと。

―― なるほど! 失恋した友だちの実体験と、洋平さんが見た光景の両方によって過去が描かれている。

photo_02です。

そうなんです。で、そのライブで、Men I Trustってわりと穏やかなバンドだから、どういうお客さんが来ているのか気になって見てみたら、みんなオシャレでね。10代20代ぐらいのイケイケな子たちが揺れながら聴いていて。その光景がすごく素敵だったし、「ここにカップルとかいるのかな…」とか思ったし(笑)。そして“そのライブにいたかもしれないカップルの帰り道”を想像して書いたのが、1番AメロBメロの歌詞なんですよね。

―― きっとこのカップルには、もっといろんな日常シーンもあったのでしょうが、今でも鮮明に思い出してしまうのは“Men I TrustをZeppで観たあの夜”なんですね。

あと、もしかしたらこれが“いちばん最後に楽しかった日の思い出”だったのかもしれない。

―― あー、「この日まではたしかに楽しかったはずなのに…」と。

そうそう。「あれ? 俺は楽しかったと思っていたんだけど…」みたいなの、あるじゃないですか。そういうニュアンスの<そうだろう?>なんですよね。でもだいぶ月日が経ってから、「あのとき実はもう別れるって決めていたんだね」とか、「もう他に好きなひとがいたのかな」とか、考えてしまうというか、気づいてしまうというか。

―― また、日本語で<君>や<あなた>などの二人称がないのも印象的でした。

…たしかにないですね。これは意識してなかったな。

―― だからこそ、サビラストの<愛しい人>というワードがより響きます。二人称ではなくて<愛しい人>というフォルダに入ってしまっている感じが…。

あー、そうですね。きっともう呼べないんだ、人称で。月日が経っているからこそ、ひとつの“現象”みたいなものになっているのもあるかもしれないし。もしくは、あの恋は忘れられないけれど、もう他に<君>や<あなた>と呼ぶような誰かがいるのかもしれないし。

あと、きっと誰にとっても「Backseat」の<愛しい人>みたいな存在っているじゃないですか。だけど、この歌で<君>や<あなた>と言ってしまうと、多分すごく俺自身が言っている感じになっちゃう気がする。だから自然と<愛しい人>って書いたのかな。うわー、なんか無意識が紐解かれていく(笑)。

―― もうひとつ、細かいところなのですが<なにもない翌日の 薄暮れた部屋の隅(すき)>というフレーズ。どうして隅(すみ)ではなく隅(すき)にされたのでしょう。

実はこれ、迷ったんです。本当は<好き>って書きたかったんですよ。<薄暮れた部屋の好き>って書きたかった。今でも<好き>にすればよかったなぁと思うんですよね(笑)。でもなんか…隅(すき)にしたほうがいい気がして…。

―― ニュアンスはみなさんに伝わる気がします。自然と“好き”という意味も含んでいるのかなと。

<薄暮れた部屋の隅>とだけ表記すると、ただの隅になっちゃう。でも<好き>だとちょっと希望が出すぎちゃうというか、今の想いになりすぎちゃう。だから悩んだ末、あえて<隅(すき)>と書いて“好き”の意味も持たせられたらなと。ダブルミーニングというかね。ここだけは唯一、計算といえば計算だったかもしれないフレーズです。

あとぶっちゃけ、1番で言いたいことはすべて言ったので(笑)。2番はサイドストーリーというか、もうちょっとおまけ的なところを描きたかったんです。だからここは、別れたあとのことなのかもしれないし、“Men I TrustをZeppで観たあの夜”の翌日なのかもしれないし。聴いた方それぞれに想像してもらえればと思います。

―― そして、ラストサビ前に入る英語詞のフレーズ。どんなイメージを描いたのでしょうか。

ここは仮歌の段階からもう英語で出てきたので、そのまま使ったフレーズですね。時系列的に、夜が明けて、もうすぐ朝の光が出てきそうなぼんやりした瞬間と、自分のぼんやりした頭や気持ちを言語化したくて。その映像や感情が英語になって出てきたという感覚ですね。

―― しかし、まだ夜は明けずに、最後はもう一度<時々、夜の冷たい風の匂いが 舞って 絡まって 思い出すよ>というサビに戻ってしまう。

そうなんですよ。英語詞の部分で終わらせることも考えたんですけど、ちゃんと朝になっちゃうと綺麗すぎてしまう。まとまりすぎてしまう。なので<未だに 僕は忘れる事ができないでいるよ 愛しい人よ>というまだ立ち止まっている自分で終わらせたんですよね。

―― こうしてお話をお伺いしていると、物語の始まりから終わりまで、丁寧に逆算されてパズルが組まれているように思えるのですが…。

いやいや、まったくそんなことはないんです。計算ができない人間なので、ほぼ無意識(笑)。もはや意見書というか、ブログみたいな感じで書いています。逆に歌詞としてうまい計算をやりすぎてしまうと、途端に自分のなかで恥ずかしくなるんですよ。たとえ結果的にそれでいいフレーズができたとしても。だからガーって書いて、生まれた偶然的なものを楽しんでいるところが大きいです。出たもの勝負の言葉が好きですね。

―― そんな洋平さんご自身がとくに好きなフレーズを教えてください。

「Backseat」は自分としても全部がすごく好き。でもとくに最初の4行<わりと前のことで あまり覚えてないんよね あの夜Men I Trust を どこのZeppで観たかなんてさ>ですね。仮歌の段階からあって、すべての始まりとなった部分なので、この歌にとって大事なフレーズだと思います。

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