2025年10月29日に“ヒグチアイ”6th Album『私宝主義』をリリースしました。今作も、インディーズ作品から引き継がれる、造語の四文字熟語。今夏リリースしてきた“独り言”三部作「エイジング」「わたしの代わり」「バランス」や既発タイアップ楽曲に加え、未発表の新曲4曲を含めた全11曲が収録されております。
さて、今日のうたではそんな“ヒグチアイ”による歌詞エッセイを3週連続でお届け。第1弾は、収録曲「エイジング」にまつわるお話です。バイトで任された新人指導。完璧な先輩だったはず。その顛末と、考えた先に行き着いた思いは…。ぜひ歌詞とあわせて、エッセイを受け取ってください。
◆紹介曲「エイジング」
作詞:ヒグチアイ
作曲:ヒグチアイ
メジャーデビューしたらお金持ちになれて人に指をさされて大変だからバイトなんてできない!と思っていたのに、全然そんなことはなく、時間には余裕があり、お金には余裕がなかったわたしはバイトを続けていた。
24歳ぐらいから近所のカレー屋で働いていた。そこの店長が優しくて自由にシフトを入れさせてもらっていたので、音楽をやりながらバイトができた。
ある程度長くやっていたバイトだったから、新人が入ると指導を任された。
ある日やってきた新人は20歳の大学生だった。ハナエ(仮名)は、黒縁のメガネをかけた声の高い女の子だった。
「ハナエちゃん、大学生なんだ。」
「はい、ここの近くの〇〇大学(誰でも知ってる頭の良い大学)です。」
うちの店に来る大学生は大体そこの大学に通ってたから驚きはしなかったけど、そんな頭の良い子がわたしから仕事を教わるって不思議な世界線…といつも思っていた。
「なんか将来の夢とかあるの?」
「ええと…わたし…実は…声優になりたいんです。」
「へえ!いいね。いい声だもんね。」
「そうですかねえ。えへへ。」
バイトが暇になれば話しかけたり、教える時には厳しい口調にならないように気をつけた。
ハナエは時間通り23時に帰って行った。
「それじゃあ、お先に失礼します。」
「お疲れ様!わたしあんまりバイト入ってないからなかなか会わないかもしれないけど、頑張ってね。」
「ありがとうございます!」
我ながら完璧な先輩だった。
ハナエはそのままバックれた。一度も連絡も寄越さず、いなくなった。そのことを半月後に行ったバイトで聞かされた。「へええ、そういう人いますもんねえ。」とかなんとか言って誤魔化したけど、心臓はバクバクしていた。
おいおい…!!絶っっ対にわたしのせいじゃんか…だって一回しかバイト入ってなくてほぼわたしとしか喋ってなくて、それでバックれるってわたしのせいじゃん…!!…待てよ…なにが悪かったんだ…?…いい声だねって言ったこと?将来の夢とか聞いたこと?思い当たらないし全部気になってきちゃうし…。
悶々と考え続けた。その日ちゃんと働けたかの記憶はない。
だけど、ふと思った。何かになるという可能性を盾に、今いる場所を雑に扱うこと。わたしの居場所はここじゃないから、別にどう思われてもいいや、と思って適当に過ごしてしまうこと。そう思ってバックれたのだとしたら。悲しいけれど、心当たりがある。わたしだ。あの頃のわたしの気持ちに心当たりがあるから、ハナエがそう思ってバックれたとしても責められないかもしれない。
人生は一筆書き。今が明日に繋がっている。
いまだに誰かを指導するのが苦手だ。だけど、次なる居場所を探している人にさえも、ここが、ここも、居場所だと思ってもらえるように接しているつもりだ。私自身がそうやって愛を教えてもらったように。
<ヒグチアイ>
◆紹介曲「エイジング」
作詞:ヒグチアイ
作曲:ヒグチアイ
◆6th Album『私宝主義』
2025年10月29日発売
<収録曲>
1. わたしの代わり
2. 花束
3. バランス
4. 雨が満ちれば
5. エイジング
6. 一番にはなれない
7. 誰
8. 静かになるまで
9. 恋に恋せよ
10. もしももう一度恋をするのなら
11. ぼくらが一番美しかったとき






