みんなあの娘のことを考えていたのだ。

 2026年1月14日に“grating hunny”がDigital Single「キスしてほしい」をリリースしました。銀杏BOYZのサポートギター・山本幹宗をプロデューサーに迎えて制作された初の楽曲。“人間味・アナログ感・温かさ・激しさ”を真正面から追求した楽曲となっており、grating hunnyの持つ“歪み・ざらつき”=“タフさと未完成さ”が魅力へと転化された1曲となっております。
 
 さて、今日のうたではそんな“grating hunny”のスズキタイヨウによる歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、新曲「キスしてほしい」にまつわるお話です。歌詞を書くために帰った地元。久々に遊んだ親友との会話で思い出した“あの娘”とは…。ぜひ、歌詞とあわせてエッセイをお楽しみください。



2025年の夏を思い出す。
 
大学生になった僕は、大阪府の天王寺に1人で住んでいた。大阪のバンドマンにとっての本拠地である心斎橋から電車で10分もかからない街である。
 
朝までライブハウスにいることも少なくなかった。そのまま大学に行って、部屋に帰ったのも束の間、また次のライブハウスやバイト先に向かう。ちゃんと僕は大学生してた。
 
そんな夏、僕のバンドのレコーディングの日程が迫っていた。歌詞は一文字も書けていなかった。
 
夏休みが始まり、歌詞を書くために地元に帰ることにした。夏休み気分を味わいたいだけでもあった。地元の親友と久しぶりに遊んだりもした。
 
地元で遊ぶと言っても特にやることもなくて、駅の近くをぶらぶら歩いたりしながら、中学生の頃と全く同じ話題で盛り上がっていた。
 
朝の3時か4時に差し掛かった頃、そいつと僕は1人の女の子の話をしていた。中学で1番可愛かったとか、そんなことを言われていた女の子の話をしていた。夜中の高槻市の生ぬるい空気をたくさん吸い込んで、親友がその女の子のことを話すのを聞いていた。
 
あの頃、僕にとっての社会であった中学校において、みんなあの娘のことを考えていたのだ。
廊下ですれ違うあの娘をどんな奴だってこっそり見ていたのだ。
 
そういえば、僕がロックバンドを始めたのは、僕だってそうやってあの娘を好きでいた有象無象の一人で、どうやったらあの娘の特別になれるのだろうか、とか、そんなクソどうでも良いとすら思えてしまう衝動だったことを思い出した。
 
「そろそろ眠いし帰るか。」
 
そう言って僕は友人に別れを告げ、実家のベッドに帰った。
 
キスしてほしい、だなんて想像も妄想もできたことないのに、空が明るくなる頃にはメモアプリにこの曲の歌詞があった。
 
<grating hunny・スズキタイヨウ>



◆紹介曲「キスしてほしい
作詞:スズキタイヨウ
作曲:grating hunny