再生について

 2024年7月3日に“クジラ夜の街”がメジャー2nd EP『青写真は褪せない』をリリースしました。今作は編曲に奥野大樹を起用。音楽の歴史をテーマにラップの要素なども取り入れた「Saisei」、歌い出しのキャッチーなフレーズがバズを予感させる「失恋喫茶」、王道のファンタジーバラード「美女と野獣」、アイリッシュ風のメロディーと複雑な感情を歌詞に込めた「祝祭は遠く」を含む、バラエティに富んだ全5曲が収録されております。
 
 さて、今日のうたではそんな“クジラ夜の街”の宮崎一晴による歌詞エッセイをお届け! 綴っていただいたのは、収録曲「Saisei」にまつわるお話です。亡くなった父の耳元で、この曲を再生したとき、自身が抱いた不思議な感覚とは…。そして“音楽の力”の正体とは…。ぜひ、歌詞と併せて、エッセイを受け取ってください。


病院、の、遺体安置所? みたいなところで
ねむっている親父の耳元にスマホを置いて
俺は「Saisei」という曲を再生しました。
音量は最大にして。
 
何か別に、特異な意図があったわけではなくて。
ただ、曲名が曲名ですから
「あわよくばコレで生き返ってくれ! 文字通り再生しろ!」
みたいな、夢見すぎる雑念が、まぁよぎりはした、よぎりはしたのですが
音楽にそんな力は無いということは自明も自明で
死んだ人は生き返らないという分かりきった事実を、捻じ曲げたいと思うほど乱心していたわけではなかったので
 
ただ純粋に、なんか、流したかったのです。
(聴かせたかった、と書いてやめた。そういうのでもない。でも何となく耳元にスピーカーを向けはした。それだけ)
 
白い部屋に、爆音で自分の歌が流れ
安らかな顔で横たわる親父を見ながら
俺は色んなことを思い出していました。
中2の時エピフォンの339というギターを買ってもらったこととか
銀座のオシャレなホールでライブした時、白のタンクトップとウエストポーチで観に来やがって、仰天したこととか
そんなに好きじゃなかった時期のこととか
ほんとうに色々。
 
で、1サビ入った辺りで、俺少し、変だなって気づいたんです。
というのも、「覚えてい過ぎる」んですよ。
頭の片隅にすら残っていなかったような、小さな記憶が、とめどなく溢れてくるんです。
「思い出してる」んじゃなくて
勝手に「思い出されてる」感じ、というか。
 
まあ
家族の死、という重大な局面を迎えたから
脳が、走馬灯の様な要領で(自分の死ではないですが)
散り散りになった記憶を急ピッチで補修しているのかな、
とも思ったんですが
にしては遅すぎる、というか。
 
突然親父の死を知らされて、総武線乗って病院向かってる間とか
泣いている母や姉を見た時とか
案内された部屋で親父の遺体を目の当たりにした直後とか
ずっと。ずっと。「死」は存分に感じていたのに
その時々で思い出が駆け巡ったりはしていなくて。
 
でも、音楽を流した瞬間に。
堰を切ったように溢れてきたんです。
なんだか自分の中にしまってあったとは思えないくらい大量の記憶が。次々と。
 
それに気づいた頃は2Aメロで
俺はまあそこでめちゃくちゃ泣いてしまったんですけど。
まあそんなのは良くて。
 
ここでちょっとスペクタクルでスピリチュアルな話、したくて。
 
人間は、空間しか、自由に移動することができませんよね。
新宿から千葉に行くことはできても、1秒前の世界に行くことはできないように、我々は時間というフィールド下においては、歩く歩道に縛り付けられたみたいに一定間隔で前に進むのみで、戻ることも、早く進むことも、飛びまわることもできません。
と、いうのは子どもでも知っている当たり前のことです。
 
でも俺、音楽は。逆に。
時間を移動することができるんじゃないかと、
人間がその辺歩くみたいに、過去も未来も行き来できるんじゃないかと思うのです。
音楽と時は「実体がないが体感はできる」という点で少し似てもいますし。
 
何が言いたいかというと
 
親父の隣で音楽を再生した途端、
思い出がひたすら込み上げてきたのは
メロディや歌詞が、過去にくだっていって
記憶を引き連れて
心に届けてくれたからなんじゃないかな、ということです。
 
人間が立ち入れない、時の領域に、音楽は溶け込むことができて
忘れていた出来事を捕まえて、現在へと繋げてくれた。
そうでも思わなきゃ、説明がつかないほど、俺、親父とのこと思い出しまくってたんですよ。
 
だからこれが。
ともすれば「音楽の力」の正体なのでは。
とも。思うわけです。
そしてもっと言えば我々人間が、半ば無意識に音楽を欲したがる理由だ、とも。
 
「感情や記憶を呼び起こしたい時」に
音楽の力を借りることで、心を再生していたのだ、と。
 
まあ、そんなふうに思った、て話です。
そりゃ根拠とかない妄想に過ぎませんが
なんだか
もしそうだったらありがたいなーと。
これを作る仕事に就いたきっかけは親父だから
それも感謝だなー、と。
そんなエッセイでした。
 
あとおまけで
もう一つ音楽の、すごいっていうところを話したい。
まあこれは音楽そのものというか、それに付随する諸オーディオについて。
助かるぜーって思うこと。
 
それは、何度でも巻き戻せるということ。
再生という機能。
時に抗えない人間たちにとって、これほどまでに救われる魔法はないなって、思います。
繰り返し忘れちゃいそうになっても
その都度、思い出すきっかけを与えてくれる。
完全に消えることはないって安心できるんです。
 
あ、あと。ごめんなさいもう一つ追加で。
チグハグで申し訳ない。
でもなんだかんだで一番、音楽の素晴らしいところ。
 
それは
過去だけで無く、遠い未来にものこるところ。
例えば1000年後にも。
命の先まで想いを伝えて、届きうる力を持つということ。
 
生き続けること。
 
<クジラ夜の街・宮崎一晴>



◆紹介曲「Saisei
作詞:宮崎一晴
作曲:宮崎一晴

◆メジャー2nd EP『青写真は褪せない』
2024年7月3日発売
 
<収録曲>
1. Saisei
2. 失恋喫茶
3. ずっとおぼえていてね (Interlude)
4. 美女と野獣
5. 祝祭は遠く